《リュドヴィック・ルピック伯爵と娘たち》
緑の鎧戸を背に、黒いひげの男が身を傾けて座り、両脇に白い服の幼い娘が二人並ぶ。右の娘は毛皮の帽子に赤いリボンを結び、まっすぐこちらを見つめる。左の娘と父の服は、筆の跡を残したまま粗く塗られている。
概要
《リュドヴィック・ルピック伯爵と娘たち》(仏: Ludovic Lepic et ses filles)は、エドガー・ドガが1871年ごろに描いた油彩の肖像画である。縦65センチ、横81センチのキャンバスで、E.G.ビュールレ・コレクション財団が所有し、2021年からチューリッヒ美術館に長く寄託されている。ドガのカタログ・レゾネ(ルモワーヌの目録)では272番にあたる。英語版ウィキペディアによれば、描かれているのは画家仲間のリュドヴィック=ナポレオン・ルピックと、幼い二人の娘エイローとジャニーヌである。
画面の読み解き
緑の鎧戸と淡い色の壁を背に、黒いひげのルピックが黒っぽい上着で座り、顔をわずかに傾けて右の娘の方へ目をやる。右の娘は毛皮の帽子をかぶり、白い服の襟に赤いリボンを大きく結んで、腰かけたまままっすぐこちらを見つめる。左の娘は白い帽子と白い服で、父の肩の後ろから顔をのぞかせる。顔はていねいに描かれる一方、左の娘の服や父の上着、足もとは筆の跡を残した粗い塗りのままで、画面の右手前には石の段のような台が斜めに置かれている。
技法・様式
英語版ウィキペディアによれば、ルピック(1839〜1889年)は画家・銅版画家・考古学者で、若いころからのドガの友人だった。彼はドガに、「可変エッチング」と呼ばれる自身の銅版画の技法を教え、二人はドガのモノタイプ《バレエの稽古場の先生》(1874年)を共作して、ともに署名した。ドガは、のちの《コンコルド広場》でもルピックを描いている。
来歴
チューリッヒ美術館の目録によれば、ドガの没後、1918年のパリの競売で「近代派、肖像(男と二人の子ども)」として売られた。のちパリの画商ポール・ブラームを経て1938年に画商ポール・ローザンベールの手に渡り、1952年12月2日にエミール・ビュールレが買った。1960年に相続人が財団に寄贈した。スイスの国際放送 swissinfo によれば、2008年に財団の美術館から盗まれた4点の一つで、最後に見つかった作品となった。2012年4月にチューリッヒ州検察が、数か月前にセルビアで見つかっていたことを発表した。額から切り取られたため、中心から外れた部分に裂け目や切り傷があったが、財団は修復できるとした。
意義
英語版ウィキペディアによれば、ルピックはドガに誘われて第1回と第2回の印象派展の準備と出品に加わった。のちにルピックは、官展のサロンへの出品をやめるよう求められて仲間から離れた。ビュールレ財団によれば、本作は1994年にチューリッヒ美術館とテュービンゲン美術館の展覧会「ドガ 肖像」に出品され、2018年には東京の国立新美術館、福岡の九州国立博物館、名古屋市美術館を巡回したビュールレ・コレクション展でも展示された。