《バッカスの勝利》
- 作者
- ディエゴ・ベラスケス
- 制作年
- 1628–1629年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 165 × 225 cm
- 所蔵
- プラド美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- スペイン・バロック絵画
ディエゴ・ベラスケスが1628〜1629年、国王フェリペ4世のために描いた初めての神話画。酒の神バッカスが、日焼けした男たちに囲まれて、ひざまずく若者に蔦の冠を授ける。「酔っ払いたち」の通称で親しまれてきた。
概要
《バッカスの勝利》(西: El triunfo de Baco)は、ディエゴ・ベラスケスが1628〜1629年に描いた油彩画で、《酔っ払いたち》(Los borrachos)の通称でも知られる。酒の神バッカスがひざまずく若者に蔦の冠を授け、周りでは日焼けした男たちが酒を手に笑う。宮廷画家となったベラスケスが初めて手がけた神話画で、神話を同時代の居酒屋のような光景として描いたスペイン・バロック絵画の代表作である。プラド美術館が所蔵する。
来歴
1623年に国王フェリペ4世の宮廷画家となったベラスケスは、1629年夏に最初のイタリア旅行へ出発する。その直前の1629年7月、王が「余のために描いたバッカス」に銀貨100ドゥカートを支払うよう命じた記録が残り、本作が王のために描かれたことがわかる。1628年から翌年にかけて外交使節としてマドリードに滞在した画家ルーベンスとの交流が、神話画への挑戦を後押ししたとされる。作品は王室コレクションに入り、1636年の目録には「バッカス」、1734年の目録には「バッカス神の勝利」の題で記された。王宮に伝わったのち、1819年にプラド美術館へ移っている。「酔っ払いたち」の通称は、それ以前から広く使われていた。
画面の読み解き
画面の左寄りで、ブドウの葉を頭にのせ、上半身をあらわにしたバッカスが酒樽に腰かけ、前にひざまずく若者の頭に蔦の冠をのせようとしている。蔦はバッカスを表す植物で、左にはすでに蔦の冠をかぶった二人の男がいる。奥でガラスの杯を掲げる裸の男は、酒神に従う森の精サテュロスとされるが、獣であるはずの下半身は描かれていない。白い肌を明るい光に照らされたバッカスの姿は古典的に整えられ、座ってくつろぐ構えには、最後の審判で裁く上半身裸のキリスト像を思わせるところもある。
これに対して右半分には、同時代の貧しい身なりの男たちが集まる。鉢を手にこちらへ笑いかける男、肩を寄せ合う男たち、右奥で帽子を取って加わろうとする物乞いのような男まで、日焼けした顔は理想化されず、濃い陰影の中に描かれる。剣を帯び、長靴をはいて冠を受ける若者だけは、ほかより若く身なりもよい。明るく整えられた神々の世界と、泥臭い人間の世界が一つの画面で出会い、神話が現実の酒場の一場面のように描き替えられている。
バッカスを、酒によって人々を日々の苦しみから解き放つ神とみる当時の文学の寓意に沿った作品と考えられている。バッカスを若い国王に、男たちを王の民に見立てる解釈や、蔦の冠を詩人の栄誉と結びつけ、酒が芸術のひらめきをもたらすことを示すとみる解釈もある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれている。土色を中心とした色づかいと、顔や手の質感をありのままにとらえる描き方は、《セビーリャの水売り》(1620年頃)など、セビーリャ時代のボデゴンに通じ、カラヴァッジョやホセ・デ・リベーラの自然主義にも近い。一方で、明るい空と風景、バッカスの白い肌の表現には、王室コレクションで学んだティツィアーノらヴェネツィア派や、ルーベンスの影響が見られる。プラド美術館は本作を、自然主義の描き方が宗教画や風俗画を超え、神話画にも使えることを示した作品と位置づけている。
意義
ベラスケスは本作の後、1629〜1631年のイタリア旅行でヴェネツィアやローマの絵画を学び、明るい色彩と軽やかな筆触を身につけて、のちの《ブレダの開城》(1635年頃)や《ラス・メニーナス》(1656年)へと進む。本作は、セビーリャで鍛えた写実と、宮廷で出会ったルーベンスやヴェネツィア派の刺激が重なる転換点に位置し、1620年代のベラスケスの最高傑作とされる。神々を同時代の民衆の姿で描く手法は、《ウルカヌスの鍛冶場》(1630年)や《マルス》(1638年頃)にも受け継がれた。