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ホセ・デ・リベーラの肖像

ウフィツィ美術館の自画像コレクションに、リベーラの自画像として伝わる肖像

Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain
生没年
1591–1652年
国籍
スペイン王国
様式
スペイン・バロック絵画
本DB収録 3 点

ホセ・デ・リベーラ

Jusepe de Ribera

1591年にスペインのハティバに生まれ、1652年にナポリで没した画家。生涯の大半をイタリアで過ごし、カラヴァッジョの自然主義を強い明暗で推し進めた。「ロ・スパニョレット」と呼ばれた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

1591年、バレンシア地方のハティバで靴職人の子として生まれた。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、バレンシアでフランシスコ・リバルタに学んだとみる。若くしてイタリアに渡り、プラド美術館の百科事典(ニコラ・スピノーザ執筆)によれば、1611年にはパルマ公ラヌッチョ・ファルネーゼに仕え、1613年にはローマに住んでいた。1616年にスペイン領のナポリに移り、同地の画家ジョヴァンニ・ベルナルディーノ・アッツォリーノの娘カテリーナと結婚する。以後はナポリで活動し、「ロ・スパニョレット(小さなスペイン人)」と呼ばれた。1626年にキリスト騎士団の騎士に叙され、1630年から翌年には、イタリアを旅していたディエゴ・ベラスケスがナポリで会っている。1652年、ナポリで没した。

様式

プラド美術館は、リベーラがカラヴァッジョの自然主義を極端なまでに推し進め、光と影を強く対比させたとする。パリのプティ・パレの2024年の回顧展は、同時代の人々がリベーラをカラヴァッジョよりも「暗く、獰猛」とみたと紹介した。1630年代からは明るく温かい色彩を取り入れ、スピノーザはこれをヴェネツィア派にならう新しい潮流への接近とみる。宗教画や神話画のほか、哲学者の連作のような珍しい主題も手がけ、素描家、版画家としても優れていた。署名には「スペイン人」や「バレンシア人」と書き添えることがあった。

代表作

《女の戦い》(1636年、プラド美術館)、《ヤコブの夢》(1639年、同)、《聖フィリポの殉教》(1639年、同)、《エビ足の少年》(1642年、ルーヴル美術館)が知られる。《聖フィリポの殉教》は、ナポリ副王メディナ・デ・ラス・トーレス公が、聖フィリポを守護聖人とする国王フェリペ4世に贈るために注文したとみられる。

影響

プラド美術館によれば、スペインの歴代のナポリ副王はリベーラの作品を本国、とくに王室のコレクションに送り、フェリペ4世はほかのどのスペインの画家よりも多い、約100点のリベーラの絵を集めた。プティ・パレは、その極端なテネブリズムが19世紀に大きな名声をもたらし、詩人ボードレールからマネまでを引きつけたとする。

代表作MAJOR WORKS

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