
パオロ・ヴェロネーゼ《自画像》エルミタージュ美術館
Wikimedia Commons / エルミタージュ美術館 / Public domain- 生没年
- 1528–1588年
- 国籍
- ヴェネツィア共和国
パオロ・ヴェロネーゼ
略歴BIOGRAPHY
生涯
1528年、ヴェローナで石工ガブリエーレの子として生まれた。本名はパオロ・カリアーリで、出身地から「ヴェロネーゼ」と呼ばれる。14歳までに地元の画家アントニオ・バディーレに弟子入りし、1544年にはすでに師の工房の水準を超えていたという。1548年にマントヴァの大聖堂でフレスコを手がけ、1553年にヴェネツィアへ移る。同年、ドゥカーレ宮殿の「十人委員会の間」の天井装飾を政府から正式に任され、続くサン・セバスティアーノ教会の天井画《エステルの生涯》とマルキアナ図書館の天井画で、ヴェネツィア画壇の巨匠としての名声を固めた。1573年には《レヴィ家の饗宴》をめぐって異端審問に召喚されている。1588年4月19日、ヴェネツィアで没した。
様式の変遷
初期にはパルマ由来のマニエリスムの教育を受けたが、早くから輝くような色彩を自分のものにした。ヴェネツィアに移ってからは、ティツィアーノに発する色彩本位のヴェネツィア派の伝統に、盛期ルネサンスの整った構成と、アンドレーア・パッラーディオ風の建築を組み合わせる。天井画では下から見上げる短縮法を用い、大画面の饗宴図では銀灰色の光のもとに豪奢な織物と大勢の人物を配して、物語を祝祭の情景に変えた。
代表作
《カナの婚礼》(1562〜1563年、ルーヴル美術館)、《レヴィ家の饗宴》(1573年、ヴェネツィアのアカデミア美術館)、《レパントの海戦の寓意》(1572年頃、同)、パッラーディオ設計のマゼールのバルバロ邸の壁画、サン・セバスティアーノ教会の天井画が知られる。
影響
ティツィアーノ、ティントレットと並ぶ後期ヴェネツィア派の三巨匠に数えられる。豪奢な色彩と大画面の構成は、17世紀のルーベンスや18世紀のティエポロに受け継がれ、19世紀にはドラクロワが手本とした。異端審問でのやりとりは、画家の自由をめぐる言葉としてしばしば引かれる。