
《自画像》1670年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー
Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain- 生没年
- 1617–1682年
- 国籍
- スペイン王国
- 様式
- スペイン・バロック絵画
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ
1617年にセビーリャで生まれ、1682年に同地で没したスペインの画家。甘美な聖母や宗教画で名声を得て、街の子どもたちや人々を描く風俗画も残した。セビーリャの画家アカデミーの創設者の一人。
略歴BIOGRAPHY
生涯
プラド美術館によれば、1617年、セビーリャの子だくさんの家に生まれた。早くに両親を亡くして姉に育てられ、初期の作の特徴から、画家フアン・デル・カスティーリョのもとで修業したと考えられる。1645年にベアトリス・カブレラと結婚し、多くの注文に恵まれて安定した暮らしを送った。1656年にはセビーリャ大聖堂のために制作している。1658年頃に2年ほどマドリードに滞在し、王室のコレクションに学んで、円熟期のベラスケスから深い影響を受けた。1660年、エレーラ(子)とともにセビーリャの画家アカデミーを創設し、その長を務めた。1663年に妻を亡くす。伝えによれば、カディスのカプチン会修道院の祭壇画を描く足場から落ちた傷がもとで、1682年に没した。
様式の変遷
プラド美術館によれば、初めは乾いた筆づかいだったが、次第に絵の具を多く含んだ自由な筆へ移り、やがて光と温かな色の移ろいを重んじる、「霞むような」と呼ばれる描き方に達した。セビーリャのサンタ・マリア・ラ・ブランカ聖堂、カプチン会修道院、慈善施療院の装飾を手がけ、甘美な聖母や、街の子どもたちを描く風俗画で知られる。
代表作
《窓辺の二人の女性》(1655〜1660年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)のほか、《乞食の少年》(1645〜1650年頃、ルーヴル美術館)、《貝殻の子供たち》(1670年頃、プラド美術館)が知られる。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1650年代にムリーリョが台頭するまでは、スルバランがセビーリャで第一の画家だった。ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、ムリーリョを17世紀後半のセビーリャで最も人気のあった画家とする。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《自画像》(1670年頃)は、子どもたちの願いに応えて描いたとラテン語で記され、1682年に友人の絹商人オマスールが作らせた版画によって、画家の最もよく知られた姿となった。スペイン・バロック絵画を代表する画家の一人である。