
《絵画の寓意としての自画像》1638〜1641年頃、ロイヤル・コレクション
Wikimedia Commons / ロイヤル・コレクション / Public domain- 生没年
- 1593–1654年
- 国籍
- ナポリ王国(ローマ生まれ)
- 様式
- イタリア・バロック絵画
アルテミジア・ジェンティレスキ
1593年にローマに生まれ、1654年以降にナポリで没した画家。画家オラツィオ・ジェンティレスキの娘で、フィレンツェやナポリなどヨーロッパ各地の宮廷のために描き、17世紀で最も名高い女性画家とされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1593年、ローマに画家オラツィオ・ジェンティレスキの子として生まれた。署名と年記のある最初の作品は1610年の《スザンナと長老たち》である。翌年、父の仕事仲間の画家アゴスティーノ・タッシから性暴力を受け、1612年の裁判でタッシは有罪となった。裁判のあと、フィレンツェの画家ピエラントニオ・スティアッテージと結婚してフィレンツェに移り、独立した画家としての地位を築く。1616年には、女性として早い時期にフィレンツェの素描芸術アカデミーの会員となった。1620年にローマに戻り、ヴェネツィアでも活動したのち、1630年からナポリに住む。1638年にはイギリス王チャールズ1世に招かれてロンドンに渡った。ナポリで工房を営み続け、1654年8月にも存命だったことが記録に残る。
様式
カラヴァッジョの強い明暗と劇的な瞬間の表現を受け継ぎ、イタリア・バロック絵画の画家として活動した。ユディトやスザンナなど、聖書や歴史の女性を主人公にした作品が多い。カポディモンテ美術館の解説は、カラヴァッジョへの依存は明らかだが、独自の着想と解釈をもつと評している。
代表作
《ホロフェルネスの首を斬るユディト》(1613年頃、カポディモンテ美術館)と同じ主題のウフィツィ美術館の版、首を持って敵陣を去る場面の《ユディトとその侍女》(1615〜1617年頃、パラティーナ美術館)が知られる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像》(1615〜1617年頃)や、ロンドン滞在中に描いたとみられるロイヤル・コレクションの《絵画の寓意としての自画像》では、自らを聖女や絵画の擬人像として描いた。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、アルテミジアを17世紀で最も名高い女性画家とし、ヨーロッパ社会の最上層のために描いたとする。カポディモンテ美術館の解説は、自らの仕事で宮廷の世界に迎えられ、詩人たちにその才能を讃えられたと述べる。