《ホロフェルネスの首を斬るユディト》
- 作者
- アルテミジア・ジェンティレスキ
- 制作年
- 1613年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 158.8 × 125.5 cm
- 所蔵
- カポディモンテ美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- イタリア・バロック絵画
暗闇の中、寝台の白い敷布の上で、若いユディトと侍女が将軍ホロフェルネスを押さえつける。青い衣のユディトは男の髪をつかみ、剣を首に押し込む。噴き出す血が、敷布を赤く染めて流れ落ちる。
概要
《ホロフェルネスの首を斬るユディト》(伊: Giuditta che decapita Oloferne)は、アルテミジア・ジェンティレスキが1613年頃に描いた油彩画である。縦158.8センチ、横125.5センチ。ナポリのカポディモンテ美術館が所蔵する。主題は旧約聖書外典「ユディト記」で、ユダヤの寡婦ユディトが、町を包囲したアッシリアの将軍ホロフェルネスを討つ場面を描く。画家は同じ主題の絵をもう1点描いており、そちらはフィレンツェのウフィツィ美術館にある。17世紀で最も名高い女性画家とされる作者によるイタリア・バロック絵画の代表作で、所蔵館は、この2点がバロック絵画のいわば象徴になったとしている。
画面の読み解き
所蔵館によれば、ユディトと侍女アブラは眠っているホロフェルネスを襲い、必死にもがく男を二人がかりで押さえつけて、首を刀で斬り落とそうとしている。赤い衣に白い袖の侍女は上からのしかかり、両腕で男の体を寝台に押しつける。男は腕を伸ばして侍女の胸を押し返す。青い衣のユディトは、左手で男の髪をつかんで頭を寝台に押しつけ、右手の剣を首に押し込む。逆さになった男の顔は目を見開き、首から噴き出す血が白い敷布を染め、寝台の縁から流れ落ちる。背景を闇に沈め、強い光で三人の腕と顔、敷布だけを浮かび上がらせるテネブリズムの手法で描かれている。
技法・様式
所蔵館の解説によれば、ユディトを侍女が手伝う場面はアルテミジアの創案である。ユディト記では侍女は天幕の外に残っており、それまでの絵の多くは、首を手に天幕から出てくるユディトを描いていた。例外はローマのバルベリーニ宮殿にあるカラヴァッジョの《ホロフェルネスの首を斬るユディト》で、首を斬る瞬間そのものを描いた。所蔵館は、カラヴァッジョの絵の焦点がホロフェルネスの叫びと、それに対比されるユディトの損なわれない美しさにあったのに対し、アルテミジアは、力を合わせて暴君を制する二人の女の暴力と体の力みに焦点を当てたと述べる。カラヴァッジョへの依存は明らかだが、独自の着想と解釈をもつ作品だという。
来歴
所蔵館によれば、本作に行われた調査で数多くの描き直しの跡が見つかっており、ウフィツィの版はそのあとで構想されたとみられる。所蔵館は、画面が切り詰められていることや、衣の色の劇的さもあって、本作はウフィツィの版より生々しく見えるとする。制作は一般にフィレンツェに移った直後とされるが、1617年とする新しい説もある。イタリア語版ウィキペディアが館の案内書を引いて記すところでは、19世紀にはサヴェリア・デ・シモーネの収集にあり、1827年にブルボン家の収集のために買われた。
意義
画家は18歳のとき、ローマで父オラツィオの仕事仲間だった画家アゴスティーノ・タッシから性暴力を受けた。1612年の裁判でタッシの罪は認められたが、画家の名誉は深く傷ついた。所蔵館の解説は、ユディトの主題の解釈にその経験の反響を見る読み方を紹介しながら、17世紀の人々の考え方に立って慎重に読むべきだとも述べる。自らの仕事でヨーロッパの宮廷に迎えられた画家は、その時代の本当のユディトだと感じることができたのだろうと、解説は結んでいる。