《ユディトとその侍女》
- 作者
- アルテミジア・ジェンティレスキ
- 制作年
- 1615–1617年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 114 × 93.5 cm
- 所蔵
- パラティーナ美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- イタリア・バロック絵画
暗闇の中、剣を肩にかついだユディトと、将軍の首を入れた籠を提げる侍女アブラが、物音に気づいたように同じ方向を振り返る。ユディトの左手は侍女の肩に置かれ、籠の下の白い布には血が滴る。
概要
《ユディトとその侍女》(伊: Giuditta e la sua ancella)は、アルテミジア・ジェンティレスキが描いた油彩画である。縦114センチ、横93.5センチのキャンバスで、フィレンツェのピッティ宮殿にあるパラティーナ美術館が所蔵する。制作は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが2020年の展覧会で1615年から1617年頃としたが、時期には諸説がある。主題は旧約聖書外典「ユディト記」で、アッシリアの将軍ホロフェルネスを討ったユダヤの寡婦ユディトと侍女アブラが、首を持って敵の陣営を去ろうとする場面を描く。イタリア・バロック絵画に属する作品である。
画面の読み解き
暗闇の中、2人の女が画面の右へ顔を向け、何かの物音を聞きつけたように動きを止めている。奥のユディトは、宝石の髪飾りで編み上げた金色の髪に真珠の耳飾りをつけ、金の縁取りのある濃紺の衣から赤い袖をのぞかせる。右手に握った剣を肩にかつぎ、左手を侍女の肩に置く。剣の柄頭には、叫ぶ顔が刻まれている。手前のアブラは白い布を頭に巻き、白いブラウスに黄金色のスカートの姿で、半ば背を向けて立つ。後ろへ伸ばした腕には籠を提げ、中には目を閉じたホロフェルネスの首が収まる。籠の下に垂れた白い布には、血が滴っている。
技法・様式
メトロポリタン美術館が2001年に刊行した展覧会図録によれば、画家がユディトの物語を描くのは、首を斬る瞬間に焦点を当てたナポリの《ホロフェルネスの首を斬るユディト》に次いで2度目である。本作は、殺害の後に主従が陣営から逃れる場面という、マンテーニャやボッティチェッリも描いた古くからの伝統に従う。図録は、本作が父オラツィオのオスロの《ユディトとその侍女》を土台にしているとみる。アルテミジアは2人を寄り添わせてユディトの手を侍女の肩に置き、画面を詰めて2人を一体に見せた。大きく斜めに流れる構図が記念碑的な重みと劇的な力を生み、剣の柄頭の叫ぶ顔は物語の細部への配慮を示す。美術史家ギャラードはこの顔をゴルゴンとみるが、図録はホロフェルネスを指すとみる。背景を闇に沈め、2人の顔と衣を光で浮かび上がらせる画面は、テネブリズムの手法による。
来歴
イタリア文化省の文化財総合カタログによれば、本作はピッティ宮殿の調度を管理するメディチ家のグアルダローバの1637年の目録に、「ユディトがその連れとともに、ホロフェルネスの首を籠に入れている、アルテミジアの手になる絵」として記されている。以後の目録にも載り、1826年から刊行物で紹介されてきた。帰属は研究者のあいだで一致している。図録によれば、画面は長い年月のうちに大きく傷み、多くの欠損と補彩がある。ギャラードとビッセルは、1837年の版画やいくつかの模写から、上と左が切り詰められたとみている。かつてフィレンツェのコルシーニ美術館にあった小さな複製や、ジェノヴァの赤の宮殿の模写など、同じ構図の作品が数多く知られる。所蔵番号はパラティーナ398。
意義
図録は本作を、アルテミジアの作品の中でも明らかな傑作とし、父と娘が描いたユディトの連作の到達点とみる。制作の時期と場所には長く議論があり、父の2作との結びつきからローマ時代とみる説や、宮廷風の豪華な衣装とゆるやかな筆づかいからフィレンツェ時代の初めとみる説がある。図録はさらに、静かな劇的調子と人物に迫る画面が1618〜1619年の《アレクサンドリアの聖カタリナ》や1620年の《ヤエルとシセラ》に通じるとして、フィレンツェ時代の終わりに置いた。2020年10月から翌年1月のロンドン・ナショナル・ギャラリーの「アルテミジア」展では、ウフィツィ美術館からの出品作に数えられた。