- 時期
- 1825–1876年
- 地域
- アメリカ合衆国
- 時代
- 新古典・ロマン
ハドソン・リバー派
19世紀のアメリカで、ニューヨークを拠点に風景を描いた画家たちの流れ。トマス・コールを祖とし、ハドソン川流域やキャッツキル山地、のちには西部の雄大な自然を、細かな写実と明るい光で描いた。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
メトロポリタン美術館によれば、ハドソン・リバー派は、ニューヨークを拠点に風景を描いた画家たちの集まりで、アメリカで最初の本格的な画家の結社とされる。1850年ごろに形をなし、建国100年の1876年ごろまで栄えた。名は1870年代に、こうしたニューヨークの風景画家たちを指して付けられた。初めは見下した呼び方だったが、そのまま定着している。始まりは1825年で、イングランド生まれのトマス・コールがハドソン川をさかのぼってキャッツキル山地を描き、その絵が画家ジョン・トランブルらの目に留まった。コールは派の「父」あるいは「創始者」とみなされている。
造形上の特徴
同館によれば、コールの作風は劇的な形と力強い筆づかいを特徴とし、イギリスの崇高の美学や、ターナー、コンスタブルらヨーロッパの画家に学んでいた。コールの絵にトランブルが見いだしたのは、アメリカの風景が持つ荒々しさの感覚だったという。後の世代は戸外での写生を重ね、大地の形に差す光と、それを包む大気の描写を重んじた。手つかずの山や川、森を、細かな写実と明るい光で大きな画面に描き出すことが、見分ける手がかりになる。
代表画家と代表作
コールの《オックスボウ》(1836年、メトロポリタン美術館)、連作《帝国の推移》(1833〜1836年、ニューヨーク歴史協会)、《建築家の夢》(1840年、トレド美術館)が知られる。同館によれば、コールの死後はアッシャー・B・デュランドが派を率い、1855〜1856年に「風景画についての書簡」を発表した。コールの弟子フレデリック・エドウィン・チャーチは《アンデスの奥地》(1859年)など南アメリカに、アルバート・ビアスタットはヨセミテやロッキー山脈などアメリカ西部に題材を求めた。ほかにジョン・F・ケンセット、マーティン・ジョンソン・ヒード、サンフォード・ロビンソン・ギフォード、ジャスパー・フランシス・クロプシーらがいる。
前後の流派との関係
コールは、ヨーロッパのロマン主義の風景画に学びながら、アメリカの国土そのものを題材にした。同館によれば、派の衰えは建国100年の1876年ごろから始まる。南北戦争のあと、アメリカの画家たちの手本はイギリスからフランスへ移り、とくに柔らかなバルビゾン派の様式が好まれた。これを推し進めたジョージ・イネスらの時代に、ハドソン・リバー派の景勝と記念碑的な壮大さを誇る美学は、しだいに批判を受けるようになった。