
ラムジー・リチャード・レイナグル《ジョン・コンスタブルの肖像》1799年頃、ナショナル・ポートレート・ギャラリー
Wikimedia Commons / ナショナル・ポートレート・ギャラリー / Public domain- 生没年
- 1776–1837年
- 国籍
- イギリス
- 様式
- ロマン主義
ジョン・コンスタブル
1776年にイングランド東部サフォークのイースト・バーゴルトに生まれ、1837年にロンドンで没した画家。故郷の田園と空を自然の観察にもとづいて描き、ターナーとともにイギリスの風景画を確立した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ヴィクトリア&アルバート博物館によれば、1776年、サフォークのイースト・バーゴルトに、ゴールディングとアンのコンスタブル夫妻の4番目の子として生まれた。1792年からストゥール川一帯で穀物と石炭を商い運ぶ家業を手伝い、1799年にロンドンのロイヤル・アカデミー美術学校に入って画家の道へ進む。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、ほぼ独学で、ゆっくりと成長した画家とする。1816年にマリア・ビックネルと結婚し、翌年からロンドンのブルームズベリーに住んだ。のちに当時は郊外だったハムステッドに移り、1827年から定住する。1828年に妻を亡くし、翌1829年、52歳でようやくロイヤル・アカデミーの正会員に選ばれた。1837年、ロンドンで没した。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、トマス・ゲインズバラと同じくヤーコプ・ファン・ロイスダールらオランダの画家に学び、ルーベンスやクロード・ロランの作品も色彩と構図の手本にした。ヴィクトリア&アルバート博物館によれば、故郷のストゥール川を描いた6点の大作は、幅6フィートの画布で知られる。1820年代初めにはハムステッドで、雲と大気の効果を描く習作の連作に取り組んだ。
代表作
《乾草の車》(1821年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、《跳ねる馬》(1825年)、《主教の庭から見たソールズベリー大聖堂》(1823年、ヴィクトリア&アルバート博物館)が知られる。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、《乾草の車》は1824年に画商アロースミスの手でパリのサロンに送られて大評判となり、コンスタブルはフランス王シャルル10世から金メダルを受けた。ジェリコーは本作に「すっかり打ちのめされて」フランスへ帰ったといい、この絵はフランスの画家たちを、古典の伝統よりも自然の直接の観察へと向かわせた。ヴィクトリア&アルバート博物館は、娘イザベルから受けた素描と水彩約300点、油彩の習作92点を含む大きなコレクションを持つ。