
自画像(1802年、イェール大学美術館)
Wikimedia Commons / イェール大学美術館 / Public domain- 生没年
- 1756–1843年
- 国籍
- アメリカ合衆国
ジョン・トランブル
1756年にコネチカットで生まれ、1843年にニューヨークで没したアメリカの画家。独立戦争に従軍したのちロンドンでウェストに学び、連邦議会議事堂のロタンダに建国の4場面を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1756年6月6日、コネチカットのレバノンに生まれた。父ジョナサン・トランブルは、のちにコネチカット知事(1769〜1784年)を務めた。1773年にハーヴァード大学を卒業し、独立戦争では士官として従軍し、ジョージ・ワシントンの副官も務めて、戦争の人物や場所を素描した。1777年に大佐の職を辞し、1780年にロンドンへ渡って歴史画家ベンジャミン・ウェストに学んだが、独立への支持を公言したため7か月投獄され、ウェストの働きかけで釈放された。1794年から1804年までロンドンで外交の任に就き、ニューヨークでの肖像画家の時期を経て、1808年から1816年まで再びロンドンで活動する。帰国した翌年の1817年、連邦議会から議事堂のロタンダに掲げる4点の大画面を注文された。1816年から1835年までアメリカ美術アカデミーの会長を務め、1831年には多くの作品を年金と引き換えにイェール大学へ譲った。1843年11月10日、ニューヨークで没した。
様式
議事堂建築家庁によれば、トランブルは戦争中の自らの体験と知己をもとに場所と人物を描き、ロンドン、パリ、ニューヨークで、独立戦争の場面と、そこに登場する人物の多くの肖像や素描を描きためた。師ウェストにならった歴史画の形式で同時代の事件を記録し、史実を正確に再現することよりも、建国の指導者たちの姿を後世に残すことを重んじた。パリでは新古典主義のジャック=ルイ・ダヴィッドと知り合っている。スミソニアン・アメリカ美術館は、肖像画や風景画も手がけた多才な画家とする。
代表作
連邦議会議事堂のロタンダに掛かる《独立宣言》(1817〜1818年)、《バーゴイン将軍の降伏》、《コーンウォリス卿の降伏》、《ワシントンの総司令官退任》(いずれもアメリカ合衆国議会議事堂)が知られる。これらの元になった小さな連作は、イェール大学美術館にある。
影響
議事堂建築家庁によれば、1820年にアッシャー・B・デュランドが制作した版画によって《独立宣言》はトランブルの最も名高い作品となり、のちに2ドル紙幣の裏面や切手にも使われた。画家は自ら設計したイェール大学の画廊の下に葬られ、1867年に作品とともに新しい画廊(現在のストリート・ホール)へ移された。