《アモルとプシュケ》
緑の丘の岩に腰掛けた裸身のプシュケが、両腕で胸を覆い、目を見開いてこちらを見る。大きな翼の裸のアモルが身をかがめてその額に口づけし、二人の頭上には白い蝶が一匹舞う。
概要
《アモルとプシュケ》は、フランスの画家フランソワ・ジェラールが1798年に描いた油彩画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。館の記録では縦186センチ、横132センチのキャンバスで、館の題は《プシュケとアモル》、別名を《アモルの最初の口づけを受けるプシュケ》という。2023年に東京と京都で開かれた「ルーヴル美術館展 愛を描く」には、《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》の題で出品された。所蔵番号はINV 4739で、館のシュリー翼の第934室「18世紀末の歴史画」に展示されている。
画面の読み解き
主題は、古代ローマの作家アプレイウスの『黄金のロバ』に語られる、愛の神アモル(クピド)と人間の王女プシュケの恋である。物語では、アモルは夜にだけプシュケのもとを訪れ、プシュケはその姿を見ることを禁じられていた。フランス文化省の所蔵品データベースは、主題をプシュケとエロス、裸体、額への口づけと記している。草の茂る丘の岩に腰掛けたプシュケは、腰から下を透ける白い布で覆い、両腕を胸の前で交差させる。大きく見開いた目はアモルではなく、こちらに向けられている。茶色の大きな翼を広げ、矢筒を背負ったアモルは、片足を岩に掛けて身をかがめ、プシュケの額にそっと唇を寄せる。二人の頭上には白い蝶が一匹舞う。ギリシア語の「プシュケ」は魂を意味し、蝶も指す言葉である。背景には緑の丘と遠い青い山並みが広がり、足もとには青い小花が咲く。
技法・様式
ジェラールはジャック=ルイ・ダヴィッドの弟子で、本作では神話画を新古典主義のなめらかな仕上げで描いている。人物の輪郭ははっきりとして、筆の跡はほとんど見えない。2012年にミラノの市庁舎パラッツォ・マリーノで、ルーヴル美術館の協力を得て本作とアントニオ・カノーヴァの大理石像《立つアモルとプシュケ》(1797年、ルーヴル美術館)を並べる展覧会が開かれた。主催したエネルギー企業エニの報道発表によれば、本作はその1年前に作られたカノーヴァの像に大きな影響を受けており、そこに漂う官能的な魅力によって、画家は世間から大きな喝采を受けた。
来歴
館の記録によれば、本作は1798年のパリのサロンに出品された(出品目録191番)。会期の終わりに、画家の友人だった建築家ピエール・フォンテーヌと、フランス学士院の美術部門の終身書記ジョアシャン・ル・ブルトンが、6000フランで買い取ったとみられる。ル・ブルトンが1816年1月にブラジルへ発つ前に手放したらしく、その後は将軍ジャン・ラップが所有して、1820年から1822年までリュクサンブール美術館に貸し出した。ラップの没後、1822年3月11日にパリの邸宅で開かれた売り立てで2万2100フランで落札され、ルイ18世のコレクションとしてルーヴルに入った。
意義
館の展覧会歴によれば、本作は1997年、2005年、2023年の3度、ルーヴル美術館のコレクションを紹介する展覧会で日本に貸し出されている。2006年にはミネアポリス美術館のジロデ展への交換貸出で海を渡り、2025年から2026年にかけては、ルーヴル美術館のナポレオン・ホールで開かれた師ダヴィッドの回顧展「ジャック=ルイ・ダヴィッド」にも出品された。同じ物語を描いた絵には、当サイトでもアンソニー・ヴァン・ダイクの《キューピッドとプシュケ》や、フレデリック・レイトンの《プシュケの水浴》がある。