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フランソワ・ジェラールの肖像

アントワーヌ=ジャン・グロ《フランソワ・ジェラール》(1790年頃、メトロポリタン美術館)

Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / CC0
生没年
1770–1837年
国籍
フランス
様式
新古典主義
本DB収録 1 点

フランソワ・ジェラール

François Gérard

ローマ生まれのフランスの画家。ダヴィッドに学び、ナポレオンの宮廷画家を務めたのち、ルイ18世とシャルル10世にも仕えた。ヨーロッパの王侯の肖像を数多く描き、「王たちの画家」と呼ばれた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ヴェルサイユ宮殿の人物紹介によれば、ローマに駐在するフランスの役人の子として、1770年にローマで生まれた。1786年からパリでジャック=ルイ・ダヴィッドに学び、1789年にローマ賞の第2席を得た。翌年は再び応募できなかったが、イタリアに滞在することができた。1791年のサロンで初めて作品を発表し、師ダヴィッドの庇護のもとでルーヴルに住まいと画室を与えられた。1795年のサロンに出した《ベリサリウス》と、翌年の友人イザベイの肖像によって画家としての道が開けた。その後ボナパルト家の目に留まり、マルメゾンの館のための仕事を経て帝政の公式の画家となり、1805年と1807年には君主たちの公式の肖像を手がけた。のちにはルイ18世とシャルル10世にも仕えた。1837年にパリで没した。

様式

メトロポリタン美術館によれば、ジェラールとアントワーヌ=ジャン・グロは、競い合いの激しいダヴィッドの画室で特に目をかけられた弟子だった。ヴェルサイユ宮殿によれば、ジェラールは18世紀の洗練と最新の表現を結び付けて肖像画で大きな成功を収めた。1枚ごとに新しい構図を工夫し、モデルをいつも最も好ましく優雅に見せた。

代表作

神話画の《アモルとプシュケ》(1798年、ルーヴル美術館)、《ベリサリウス》(1795年のサロン)、《ナポレオン1世》(1805年、ヴェルサイユ宮殿)、《ローマ王を抱く皇后マリー=ルイーズ》(1812年、ヴェルサイユ宮殿)がある。

影響

ヴェルサイユ宮殿によれば、1796年から1836年までに80点を超える全身像の肖像を描き、その縮小版は画家の死後にヴェルサイユが買い取った。「王たちの画家にして画家たちの王」と呼ばれ、法外な画料にもかかわらずフランス内外の上流の顧客をひきつけた。1814年のある日には、3人の君主が画室でそろって順番を待ったという。1815年にダヴィッドが亡命すると、フランス派の長と目されるようになった。メトロポリタン美術館によれば、のちにグロとは仲たがいしたが、1790年頃にグロが描いた自分の肖像は生涯手もとに置き続けた。

代表作MAJOR WORKS

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