- 時期
- 1885–1945年
- 地域
- フランスを中心にヨーロッパ各地
- 時代
- 20世紀
素朴派
美術学校やアカデミーで正式な教育を受けずに描いた、独学の画家たちの絵画。19世紀末のフランスで、アンリ・ルソーを先駆けとして「素朴(ナイーヴ)」の名で呼ばれるようになり、両大戦間に一つの流れとして注目された。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
テート美術館によれば、素朴派(ナイーヴ・アート)は、飾り気がなく洗練されていない絵を指し、とくに美術学校やアカデミーで正式な教育を受けていない画家の作品をいう。ルソーの出身地ラヴァルの素朴派・特異芸術美術館(MANAS)によれば、「素朴(ナイーフ)」の呼び名は19世紀末に現れた。アカデミスムの巨匠を手本にしながら、意図するとしないとにかかわらず古典的な絵画の約束事から離れた、独学の具象画家たちを指す言葉で、アンリ・ルソーがその起こりとされる。
造形上の特徴
パリのマイヨール美術館によれば、素朴派の画家たちは写実を目指しながら、ちぐはぐな空間、落ち着かない場面、取りつかれたような像を描き、細部がときに途方もない、超現実的なまでの広がりを帯びる。ルネサンス以前の「プリミティフ」の画家たちのように、遠近法を厳密に用いず、人物をいくつもの層に重なる空間に置く。主題は静物、室内の情景、風景、身近な人の肖像など、風俗画が中心である。テート美術館は、描き方にも物の見方にも、子どものような素朴さがあるとする。
代表画家と代表作
最も名高いのはルソーで、月夜の密林を描いた《夢》(1910年)はその最後の大作である。マイヨール美術館によれば、ルソーに続いたセラフィーヌ・ルイ、アンドレ・ボーシャン、カミーユ・ボンボワ、ルイ・ヴィヴァンらは、道路工夫、家政婦、縁日の格闘家、印刷工、郵便局員など、つつましい仕事をしながら、ひそかに、あるいは晩年になって絵を描き始めた。テート美術館によれば、イギリスではコーンウォールのセント・アイヴスの元船乗りアルフレッド・ウォリスが知られ、画家ベン・ニコルソンに影響を与えた。
前後の流派との関係
マイヨール美術館によれば、素朴派の画家たちは、アカデミック美術とも前衛とも異なる独自の様式を築いた。収集家で批評家のヴィルヘルム・ウーデは彼らを「近代のプリミティフ」と呼び、1928年の「聖心の画家たち」展と1932年の「近代のプリミティフ」展で初めて一堂に集めた。アンドレ・ブルトン、ピカソ、カンディンスキー、ル・コルビュジエらも彼らを支持した。テート美術館によれば、伝統の中で生まれた洗練を不誠実とみて、そこから逃れようとした近代の芸術家たちに重んじられ、子どもの絵や社会の周縁の人々の作品を含むアウトサイダー・アート(アール・ブリュット)とも重なり合う。