《私自身、肖像=風景》
パリのセーヌ河岸に、黒い服にベレー帽の画家がパレットと絵筆を手に正面を向いて立つ。背後には信号旗で飾った帆船と鉄の橋、エッフェル塔が見え、雲の浮かぶ空には気球が上がっている。
概要
《私自身、肖像=風景》(仏: Moi-même, portrait-paysage)は、フランスの画家アンリ・ルソーが1890年に描いた油彩の自画像である。縦146センチ、横113センチ。パリのセーヌ河岸に、画家自身が全身像で立つ。英語版ウィキペディアによれば、ルソーはこの題によって、ふつうは別のものとされる肖像画と風景画のあいだに作品を位置づけた。チェコのプラハ国立美術館が所蔵する。
画面の読み解き
プラハ国立美術館の教育資料によれば、黒い服を着て幅の広いベレー帽をかぶった画家が、ルーヴル美術館に近いサン=ニコラ港に立っている。手にしたパレットには「クレマンスとジョゼフィーヌ」と、画家の2人の妻の名が読める。背景の気球とエッフェル塔は、近代という時代を讃えるものだという。左には信号旗を連ねた帆船が停まり、川には鉄の橋が架かる。英語版ウィキペディアによれば、この橋は今はないカルーゼル橋で、左上の雲間に沈む赤い太陽は、画家ジェロームの1884年の作品 Les deux majestés に倣ったものである。岸を歩く人々は小さく、画家の姿だけが画面いっぱいに大きく描かれる。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれ、左下に署名と年記がある。同館の資料は、全身像の肖像はもともと名のある人物のためのものであり、本作には1889年のパリ万国博覧会に触発されて起きた、画家の自己演出の大きな変化が表れていると説明する。前年の1888年には最初の妻クレマンスを亡くしている。襟の徽章は後から描き足されたもので、同館の資料は、ルソーが成人向けの講座を受け持ったフィロテクニック協会から、素描と絵画の教授の称号を得たことに関わるとみる。一方、英語版ウィキペディアは、これを教育功労章の徽章とし、この勲章を受けたのは同名の別人だったと記す。
来歴
同館の資料によれば、ルソーは本作を1890年のアンデパンダン展に出品した。この展覧会は「審査なし、賞なし」を掲げて1884年に始まり、ルソーは1886年から出品を続けていた。パレットの2つ目の名は当初マリーだったが、1899年にジョゼフィーヌ・ヌリと再婚したあとで書き換えられた。1923年、チェコスロヴァキア政府が30万コルナ余りという当時としては高い額で購入した。所蔵番号はO 3221。
意義
同館の資料によれば、チェコでは20世紀後半、この名高い自画像から、ベレー帽をかぶり、絵はあまりうまくない少し風変わりな芸術家というルソー像が生まれ、ルソーはチェコの大衆文化の原型となった。2016年には、チェコで初めてのルソー展がプラハのキンスキー宮殿で開かれている。英語版ウィキペディアによれば、作家ミシェル・ビュトールが西洋絵画の決定的な105点を選んだ『ミシェル・ビュトールの想像の美術館』(2019年)にも選ばれた。