
アトリエで《陽気な道化たち》の前に座るルソー(ドルナック撮影、1907年)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1844–1910年
- 国籍
- フランス
- 様式
- 素朴派
アンリ・ルソー
1844年にフランス西部のラヴァルで生まれ、1910年にパリで没した画家。パリ市の入市税の徴収員として働きながら独学で絵を学び、想像の密林の絵で知られる。通称「税関吏ルソー」。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1844年、フランス西部のラヴァルに生まれた。オランジュリー美術館によれば、家が貧しく、望んだ芸術の道には進めなかった。パリで市の入市税の徴収員となり、非番の日にはルーヴル美術館に通い、1884年には芸術大臣に、画業に専念させてほしいと願い出ている。本人が1895年に書いた略歴によれば、1885年に、自然のほかに師を持たず、画家ジェロームらの助言だけを頼りに芸術の道に入った。1886年からアンデパンダン展に出品し、1893年に退職して絵に専念する。ルソーの出身地ラヴァルの素朴派・特異芸術美術館(MANAS)によれば、同郷の作家アルフレッド・ジャリを通じて、詩人アポリネール、ドローネー夫妻、ピカソらと知り合った。1910年、脚の手術のあとの壊疽で没した。
様式の変遷
オランジュリー美術館によれば、ジェロームやピュヴィ・ド・シャヴァンヌら名のある画家の作品を引用して画壇に地位を築こうとしたが、同時代の多くの人からは「素朴な」画家とみなされた。人物を象徴的な風景の前に立たせる肖像を得意とし、「風景肖像画」の発明者を自任した。歴史画や寓意画にも挑み、市庁舎の装飾の競作に3度応募している。同館によれば、密林の絵は、万国博覧会などで広まった異国のイメージや雑誌の挿絵、自然史博物館や植物園の温室での素描をもとにした。MANASによれば、パリの城門やセーヌ河岸の風景も好んで描き、現地で下絵を描いてからアトリエで仕上げた。
代表作
《熱帯嵐のなかのトラ》(1891年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、《戦争》(1894年頃、オルセー美術館)、《眠るジプシー女》(1897年、ニューヨーク近代美術館)、《蛇使いの女》(1907年、オルセー美術館)、《夢》(1910年、ニューヨーク近代美術館)がある。
影響
テート美術館は、近代で最も名高い素朴派の画家とする。オランジュリー美術館によれば、最初の研究書を著した批評家ヴィルヘルム・ウーデは没後まもなく作品を買い集め、作品は1920年代に市場で評価を高めた。ニューヨーク近代美術館によれば、ダリやマグリットらシュルレアリスムの画家たちの重要な先駆けとなった。生前、ルソーは娘に「いつかわたしの絵は10万フラン以上の値がつく」と言い切っていたという。