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ピート・モンドリアンの肖像

《自画像》1918年、デン・ハーグ美術館

Wikimedia Commons / デン・ハーグ美術館 / Public domain
生没年
1872–1944年
国籍
オランダ王国
様式
新造形主義
本DB収録 4 点

ピート・モンドリアン

Piet Mondrian

1872年にオランダのアメルスフォールトに生まれ、1944年にニューヨークで没した画家。水平と垂直の線、三原色と白・黒・灰色だけで描く新造形主義を唱え、抽象絵画の道を開いた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ペギー・グッゲンハイム・コレクションによれば、1872年3月7日、オランダのアメルスフォールトに生まれた。本名はピーテル・コルネリス・モンドリアーン。1892年から1897年までアムステルダムの国立美術アカデミーで学ぶ。1908年頃までは自然主義的な風景画を描いていたが、ゼーラント州のドンブルフを訪れるようになって画風が変わり、1909年には神智学協会に加わった。1911年にアムステルダムでキュビスムの作品を見てパリへ移り、1912年から1914年にかけて抽象への道を探る。第一次世界大戦中はオランダで過ごし、1917年に画家テオ・ファン・ドゥースブルフらと雑誌『デ・ステイル』を創刊した。1919年7月にパリへ戻る。1938年にロンドンへ、1940年10月にニューヨークへ移り、1944年2月1日、同地で没した。

様式

テート美術館によれば、モンドリアンは自らの抽象絵画を新造形主義と呼び、水平と垂直の直線、三原色と白・黒・灰色、正方形と長方形だけを用いた。世界最大のモンドリアンのコレクションを持つデン・ハーグ美術館は、アムステルダムとドンブルフの初期の風景画から、ラーレンとパリで見いだした根本的な抽象を経て、ニューヨークで新しいリズムに行き着いた歩みとしてその画業をたどる。

代表作

抽象へ向かう転機の《灰色の木》(1911年)、《赤・青・黄のコンポジション》(1930年、チューリッヒ美術館)、《ブロードウェイ・ブギウギ》(1942〜1943年、ニューヨーク近代美術館)と、未完の遺作《ヴィクトリー・ブギウギ》(1942〜1944年、デン・ハーグ美術館)が知られる。デン・ハーグ美術館によれば、後者は1944年1月に大きな描き直しを始めたところで画家が入院し、アトリエに残された。

影響

テート美術館は、モンドリアンをカンディンスキーやマレーヴィチとともに1910年から1920年ごろの純粋な抽象絵画の開拓者に数え、いまでは近代の最も偉大な芸術家の一人とみなされているとする。

代表作MAJOR WORKS

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