《ブロードウェイ・ブギウギ》
- 作者
- ピート・モンドリアン
- 制作年
- 1942–1943年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 127 × 127 cm
- 所蔵
- ニューヨーク近代美術館
- 時代
- 20世紀
- 流派
- 新造形主義
白い正方形の画面を、黄色の縦と横の線が格子のように走る。線は赤、青、灰色の小さな四角で細かく区切られ、ところどころに大きな色の面が置かれて、明滅するようなリズムが画面全体に広がる。
概要
《ブロードウェイ・ブギウギ》(英: Broadway Boogie Woogie)は、ピート・モンドリアンが1942年から1943年にかけて描いた油彩画である。縦横とも127センチの正方形の画面で、ニューヨーク近代美術館が所蔵する。所蔵館によれば、第二次世界大戦を逃れて1940年にニューヨークへ移ったモンドリアンは、すぐにこの街と、到着した最初の夜に知ったブギウギの音楽に夢中になった。「絵にちょっとしたブギウギを入れた」と自ら語ったとおり、本作はそれまでの新造形主義の厳しい決まりを破り、黒い線をなくして色の区画が脈打つ画面をつくり出した。デン・ハーグ美術館が「最後から2番目の絵」と呼ぶ、晩年の代表的な抽象絵画である。
画面の読み解き
白地の上を、黄色の水平線と垂直線が格子のように走り、画面を大小の区画に分ける。黄色の線の上には、赤、青、灰色の小さな正方形が不規則な間隔で並び、線を細かな単位に区切っている。線と線のあいだの白い面には、赤や青、黄色の大きめの長方形がいくつか置かれ、その中にさらに別の色の四角が入れ子のように収まるものもある。所蔵館は、小さく明滅する色の区画が生き生きと脈打つリズムをつくり、ニューヨークの通りを行く車のように、交差点から交差点へ跳ねる光の振動を生むと述べる。
技法・様式
所蔵館によれば、新造形主義の理論は、画家に最も基本的な線、つまり水平と垂直の直線だけを許し、色も赤・黄・青の三原色と、白、黒、そのあいだの灰色に限っていた。本作はその黒を使わず、それまで一色だったモンドリアンの色の帯を、いくつもの色の短い区画に分けた。所蔵館によれば、モンドリアンはブギウギを自分の目標に通じるものとみていた。旋律の破壊は自然の見かけの破壊にあたり、純粋な手段を絶えず対立させて組み立てることで、躍動するリズムが生まれるという考えである。
来歴
所蔵館によれば、本作は1943年、匿名の寄付者の資金により、ニューヨークのヴァレンタイン画廊(ヴァレンタイン・デューデンシング)を通じて同館が購入した。所蔵番号73.1943。デン・ハーグ美術館によれば、画商デューデンシングが本作を手数料なしで売ったことへの返礼として、モンドリアンは最後の作品となる《ヴィクトリー・ブギウギ》を彼に約束した。こちらは1944年1月の大がかりな描き直しの途中で画家が入院し、未完のまま残された。
意義
ニューヨーク近代美術館は、ヨーロッパからの亡命者モンドリアンのマンハッタンへの旅と、南部のアフリカ系アメリカ人の音楽家たちから生まれ、大移動とともに北へ広まったピアノのブルース、ブギウギの歩みを、交わりあう二つの物語としてとらえる。同館によれば、ブギウギの拠点の一つが、ニューヨークで最初の人種を分けないナイトクラブ「カフェ・ソサエティ」だった。同館は、本作と《ヴィクトリー・ブギウギ》を、厳格な幾何学の格子から離れ、シンコペーションのような構造へ向かった晩年の到達点とみている。1944年2月1日、モンドリアンはニューヨークで没した。