《灰色の木》
横長の画面いっぱいに、一本の木が黒い枝を弓なりに広げる。枝のあいだは白と灰色の短い筆の跡で埋められ、空と木の境はほとんど消えている。色は黒と白、さまざまな灰色だけに絞られる。
概要
《灰色の木》(蘭: De grijze boom)は、オランダの画家ピート・モンドリアンが1911年に描いた油彩画である。縦79.7センチ、横109.1センチのキャンバスで、デン・ハーグ美術館が所蔵する。所蔵館によれば、パリへ移り住む直前の慌ただしい時期に描かれた作品で、画家は木という主題をその本質にまで切り詰めている。
画面の読み解き
横長の画面いっぱいに、一本の木が枝を広げる。幹は中央のやや右から立ち上がり、黒く太い線の枝が左右へ弓なりに伸びて、画面の端まで届く。枝の線は太さを変えながら重なり合い、上の方では画面の上端を越えて弧を描く。枝のあいだは白と灰色の短い筆の跡で埋められ、筆の向きは枝の曲線に沿って変わり、空と木の区別はほとんどない。下の部分では筆の跡が横に長くなり、地面を思わせる帯になる。左下には「P. MONDRIAN」の署名がある。所蔵館によれば、同じ年の初めに描いた《進化》と比べると色の変化は徹底していて、豊かな色が、黒と白とさまざまな調子の灰色に取って代わられた。それは基本への、つまり素描への回帰だったという。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、本作へのキュビスムの影響はきわめて大きい。モンドリアンが1911年の春に短くパリを訪れたとき、キュビスムはすでに話題の中心だったが、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックの作品はまだ見ることができなかった。オランダの画家たちがそれを知ったのは、同じ年の秋、モンドリアン自身も企画に加わったアムステルダム市立美術館の展覧会だった。館は、もはや文字どおりの象徴が絵の意味を決めるのではなく、色と線がその役を担うようになったとする。
来歴
所蔵館によれば、モンドリアンは1911年春のパリ訪問ののち、残りの一年を移住の準備に費やし、夏の後には婚約を解消して、芸術家として生きる道を選んだ。40歳近くで、当時のオランダで最良の風景画家の一人という評判を得て、話題を呼んだ展覧会を終えたばかりだったが、すべてを後にし、1912年1月にパリへ移った。本作は、収集家サロモン・B・スライペルの遺贈で館に入った。スライペルは1950年から、館長ルイ・ウェイセンベークとともに、世界最大のモンドリアンの収集の基礎を築いた人物である。
意義
所蔵館は、モンドリアンを抽象絵画の先駆者とし、その画業を、具象から抽象へ至る道のりの証しとみる。とくに水平と垂直の線と原色の面による後年の幾何学的な抽象、のちに画家が新造形主義と呼ぶ絵は、世界的に知られる。色を絞り、線を骨組みとして木を描き直した本作は、その道筋の早い段階を示す作品の一つである。