
《自画像》素描(1848年以前、エベール美術館)
Wikimedia Commons / エベール美術館 / Public domain- 生没年
- 1797–1856年
- 国籍
- フランス
- 様式
- ロマン主義
ポール・ドラローシュ
1797年にパリに生まれ、1856年にパリで没した画家。フランスとイギリスの歴史に取材した悲劇の場面を、細部まで緻密に描いてヨーロッパで名声を得た。画塾で多くの弟子も育てた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1818年から風景画家ワトレと歴史画家グロに学び、テオドール・ジェリコーにも励まされた。1822年にサロンに初めて出品する。ウォレス・コレクションによれば、1827年にロンドンを訪れ、1834年からイタリアに3度旅した。1831年のサロンの《エドワードの子供たち》に続き、1834年のサロンに出した《レディ・ジェーン・グレイの処刑》が大評判となる。しかし1837年の出品作が厳しい批評を受けると、以後サロンから身を引いた。スコットランド国立美術館によれば、1833年に国立美術学校の教授となり、1835年から1843年にはグロから引き継いだ大きな画塾を率いた。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、ドラローシュが悲劇的な主題の大きな歴史画を、細部に注意を払って描き続けたとし、肖像画や宗教画も手がけたと述べる。ウォレス・コレクションによれば、後半生の作品は肖像画、ナポレオンの生涯の場面(《アルプスを越えるボナパルト》など)、宗教画が中心となった。
代表作
《エドワードの子供たち》(1830年、ルーヴル美術館)、《レディ・ジェーン・グレイの処刑》(1833年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、国立美術学校の講堂を飾る《エミシクル》(1841年完成)が知られる。スコットランド国立美術館によれば、《エミシクル》は長さ27メートルの大画面で、70人を超える過去の芸術家が語り合う姿を表す。
影響
ウォレス・コレクションは、《エミシクル》がフランスで最も有名な記念碑的絵画になったとする。弟子にはトマ・クチュール、ジャン=レオン・ジェローム、ジャン=フランソワ・ミレーらがいる。作品は数えきれないほど版画にされ、19世紀のフランスの画家でおそらく最も広く複製された。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、生前の国際的な名声は、今日より高く評価されるアングルやドラクロワを上回っていた。没後の1857年の回顧展では、批評家テオフィル・ゴーティエがその文学的な性格を批判している。