《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
- 作者
- ポール・ドラローシュ
- 制作年
- 1833年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 246 × 297 cm
- 時代
- 新古典・ロマン
目隠しをされた白いサテンの衣の若い女が、ひざまずいて両手で首置き台を探る。毛皮の襟の黒い衣の老人がその手を導き、左では侍女たちが嘆き、右には斧を手にした処刑人が静かに立つ。
概要
《レディ・ジェーン・グレイの処刑》(英: The Execution of Lady Jane Grey)は、ポール・ドラローシュが1833年に描いた油彩画である。縦246センチ、横297センチ。ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。所蔵館によれば、ジェーン・グレイは1553年、エドワード6世の死後にわずか9日間イングランドの女王の座にあり、退けられて1554年2月12日、17歳でロンドン塔のタワー・グリーンで斬首された。その最期の瞬間を描いた本作は、1834年のパリのサロンに出品されてたちまち評判となった。ロマン主義の時代のフランスの歴史画を代表する一点である。
画面の読み解き
灰色の石のアーチと太い柱を背にした壇の上で、目隠しをされたジェーンが緑の豪華なクッションにひざまずき、両手を前に伸ばして首置き台を探る。所蔵館によれば、白いサテンのペチコートの輝きは彼女の無垢を表す。毛皮の襟の黒い衣をまとったロンドン塔の副長官ジョン・ブリッジズ卿が、身をかがめてその手を台へ導く。左では、一人の侍女が床に座り込み、ジェーンが脱いだ上衣と宝飾品を膝に載せて目を閉じる。もう一人は柱に顔を向け、見ることに耐えられずに両手で頭を抱える。右には、赤い帽子に赤いタイツの処刑人が、ベルトに短剣と縄を差し、斧を手に立つ。台のまわりには、血を吸わせるための藁が明るく敷かれている。処刑人とブリッジズ卿のあいだには壇の裏へ下りる階段がのぞき、その下にいる兵士たちの鉾の先が見える。
技法・様式
所蔵館によれば、ドラローシュは暗い単色の建築を背景に、光を当てた等身大の人物を浮かび上がらせた。浅い舞台のような空間、劇場のような照明、少ない数の等身大の人物は、当時のパリで人気を集めたパノラマやジオラマ、フランスの演劇の活人画の見せ方にならう。多くの準備素描からは、構図を核となる要素まで絞り込み、さまざまなポーズを試した過程がわかる。当初の案で剣を持つ非情な国家の力の象徴だった処刑人は、斧に持ち替え、いくらかの憐れみを感じさせる姿勢と表情へと変わった。写真のように細かな描写と、手の身ぶりが、それぞれの人物の心の動きを伝える。署名と年記がある。
来歴
1834年のサロンの目録で、ドラローシュはプロテスタントの殉教者についての書物から、ジェーンの最期の言葉「どうすればよいのでしょう。台はどこですか」を引いた。所蔵館によれば、実際の処刑は屋内ではなく屋外で行われており、細部の多くは史実どおりではない。サロンでアナトーリー・デミドフ伯爵が画家から8,000フランで買い、のちにイギリスに渡った。1902年に第2代チェイルズモア男爵の遺贈でナショナル・ギャラリーの所蔵となり、同じ年のうちに当時のミルバンクの分館、いまのテート・ギャラリーへ移された。1928年のテムズ川の洪水で損傷し、その後数十年にわたって失われたと考えられていたが、1973年にテートの地下で偶然に再発見され、ナショナル・ギャラリーへ移された。所蔵番号NG1909。第38室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、イングランドの歴史に取材した主題の選び方は、1820年代から1830年代のフランスで高まったイギリス文化への熱中を映している。ドラローシュは1831年のサロンにも、ロンドン塔で殺されたエドワード4世の二人の息子を描いた《エドワードの子供たち》(1830年、ルーヴル美術館)を出していた。若い女性の悲劇を処刑の直前の静かな一瞬に凝縮した本作は、画家の最もよく知られた作品となった。歴史の場面を細部まで作り込み、舞台のように見せるその方法は、弟子のジャン=レオン・ジェロームらに受け継がれた。