
肖像写真、1914年頃
Wikimedia Commons / スミソニアン協会アメリカ美術アーカイブ / Public domain- 生没年
- 1844–1926年
- 国籍
- アメリカ合衆国
メアリー・カサット
1844年にアメリカ・ペンシルヴェニア州で生まれ、1926年にフランスで没した画家。パリでドガに招かれて印象派に加わり、母と子や家庭の女性たちを親密な視点で描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1844年5月22日、ペンシルヴェニア州アレゲニー(現ピッツバーグ)に生まれた。1861年から1865年までフィラデルフィアのペンシルヴェニア美術アカデミーで学び、1866年にパリへ渡って、ジャン=レオン・ジェロームらに個人的に学ぶ。1868年に《マンドリンを弾く女》でサロンに初めて入選した。1877年、エドガー・ドガに誘われて印象派のグループに加わり、1879年の第4回展から出品する。1890年にパリで見た浮世絵の展覧会に強く動かされ、翌年、多色刷りの版画10点の連作を発表した。1893年のシカゴ万国博覧会では女性館の壁画を手がける。1904年にレジオン・ドヌール勲章を受けたが、1914年以降は視力の衰えから制作をやめ、1926年6月14日、パリ近郊の館で没した。
様式の変遷
初期はイタリアやスペイン、アントウェルペンで古典に学んだ伝統的な画風だったが、ドガとの交わりの中で、明るい色と自由な筆、日常の一瞬を切り取る構図を身につけた。1880年代からは母と子、家庭の女性たちという主題に絞り込み、劇場の桟敷やお茶の時間など、女性の暮らしの内側を描く。1890年代には浮世絵に学んで、高い視点、平らな色面、はっきりした輪郭を取り入れ、《湯浴み》(1893年)のような構図を生んだ。パステルと版画でも多くの作品を残している。
代表作
《青い肘掛け椅子の少女》(1878年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、《真珠の首飾りをつけて桟敷席にいる女》(1879年、フィラデルフィア美術館)、《湯浴み》(1893年、シカゴ美術館)、《舟遊び》(1893〜1894年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)が知られる。
影響
アメリカの友人ルイジーン・ハヴマイヤーとその夫に助言して印象派の作品を集めさせ、多くの名品がアメリカの美術館に入るきっかけをつくった。女性の画家がまだ少なかった時代に印象派の中心で活動し、家庭の女性の視点から近代の生活を描いた点で、19世紀の美術を語るうえで欠かせない存在である。