《仮面舞踏会の後の決闘》
霧のたちこめる冬の森の雪の上で、白いピエロの衣装の男が剣を握ったまま崩れ落ち、黒衣の男と赤い衣の男に抱えられる。右では、勝った男と道化の衣装の連れが馬車の方へ去り、手前の雪には剣が落ちている。
概要
《仮面舞踏会の後の決闘》は、フランスの画家ジャン=レオン・ジェロームが1857年に描いた油彩画で、シャンティイのコンデ美術館が所蔵する。縦50.8センチ、横73.5センチのキャンバスで、左下に「J. L. GEROME / 1857」と署名と年記がある。原題は「仮面舞踏会の顛末」を意味する Suites d'un bal masqué。所蔵館は、本作を画家の最大の成功作と位置づけている。
画面の読み解き
所蔵館の解説によれば、仮面舞踏会が終わったのは、寒く雪の多い2月の夜明けだった。おそらく酒に酔った仮装の二人が、ブローニュの森で決闘することにした。決闘はいま雪の中で終わったところで、ピエロの衣装の男が致命傷を負い、剣を手にしたまま二人の介添人の腕に崩れ落ちる。一人はギーズ公の扮装の男、もう一人は頭を抱えて取り乱すドミノ(頭巾つきの外套)の男で、ヴェネツィア総督に扮した医師が、倒れたピエロを蘇生させようとしている。勝った男は「未開人」の扮装で、介添人のアルルカンを連れ、右手の馬車の方へ去っていく。
技法・様式
所蔵館によれば、ジェロームはドラローシュに学び、古代ギリシアの風俗を描く「ネオ・グレック」の若い画家たちの一人として、《闘鶏をする若いギリシャ人》で1847年のサロンに認められた。しかし1855年の巨大な歴史画《アウグストゥスの世紀の賛美》が失敗に終わると、1855〜1856年に近東を旅して東方の主題に向かう。本作は、歴史画を離れて描いた風俗画である。当時流行の主題だったらしく、トマ・クチュールも同じ1857年に同じ主題を描いている(ロンドン、ウォレス・コレクション)。
来歴
所蔵館によれば、本作は1857年のパリのサロンで大成功を収め、同じ年にロンドンの画商ガンバールのもとでも展示された。1858年にオマール公が買い取った。10年後、ジェロームは公から借りて1867年のパリ万国博覧会に出品し、絵画の大賞を受けた。1886年、オマール公はシャンティイの城と収集をフランス学士院に寄贈し、本作もコンデ美術館の作品となった。
意義
所蔵館は、本作の成功にもかかわらず、批評家たちはジェロームが歴史画を捨てて風俗画を選んだことを惜しんだ、と伝えている。画家はオマール公と親しく、公の没後の1899年には、シャンティイの大厩舎の前に立つ公の騎馬像を制作した。同じ画家の作品には、ほかに《奴隷市場》や《エルサレム》がある。