《ヴィーナスの誕生》
白く泡立つ波頭に、生まれたばかりの女神ヴィーナスが裸で横たわる。片腕を額にのせ、赤みがかった金の長い髪を泡の上に広げる。空では5人のプットーが舞い、貝を吹き鳴らす。
概要
《ヴィーナスの誕生》(仏: Naissance de Vénus)は、フランスの画家アレクサンドル・カバネルが1863年に描いた油彩画である。縦130センチ、横225センチのキャンバスで、パリのオルセー美術館が所蔵する。所蔵館によれば、1863年のサロンで大きな成功を収め、会場で皇帝ナポレオン3世が買い上げた。
画面の読み解き
海から生まれたばかりの愛の女神ヴィーナスが、白く泡立つ波頭に裸で横たわる。体は画面の左から右へ長く伸び、片腕を曲げて額にのせ、もう一方の腕を波の上へ投げ出す。目は手の陰で半ば閉じられ、赤みを帯びた金色の長い髪が泡の上に広がる。肌は淡いバラ色を帯び、女神は貝殻の舟ではなく、波そのものに身を預けている。手前では深い緑と青の波がうねり、体の下で白い泡となって砕ける。上の空には5人のプットー(翼のある裸の幼児)が舞い、左の二人は貝を吹き鳴らして誕生を告げ、右の三人は身をよじりながら女神のほうへ降りてくる。背景は淡い青の空で、左の水平線には遠い陸地がかすかに見える。画面の左下には「Alex. Cabanel」の署名がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館は、カバネルの名人芸の技術が、このわかりやすく磨き上げられた絵を、当時の観衆と公の機関の支持を集めた芸術のこのうえない見本にしているとする。第二帝政期らしい折衷の精神で、画家はアングルと18世紀の絵画への参照を混ぜ合わせた。館は作家エミール・ゾラの評も引く。「乳の川に溺れた女神は、魅力的な囲われ女のようだ。それも生身の体ではなく――それでは不謹慎に見えるだろう――白とバラ色のアーモンド菓子の生地のようなものでできている」。
来歴
所蔵館によれば、1863年のサロンで皇室費によって買い上げられ、ナポレオン3世の収集に入った。文化省の作品データベースによれば、サロンの出品番号は316で、1867年のパリ万国博覧会にも出品された。1879年2月12日の裁判所の決定で国立美術館に帰属し、ルーヴル美術館に入った。1881年1月19日から1923年7月27日まではリュクサンブール美術館に置かれ、ルーヴル美術館に戻ったのち、1978年にオルセー美術館に移された。所蔵番号はRF 273で、館の地上階の3室に展示されている。メトロポリタン美術館には、1875年にニューヨークのジョン・ウルフが画家に注文した、ひとまわり小さな再制作の作がある。
意義
メトロポリタン美術館によれば、1863年のサロンは魅惑的な裸婦があまりに多く並んだため「ヴィーナスのサロン」と呼ばれ、本作はそこで評判をさらった。RMN-GPの歴史教材サイト「イメージで見る歴史」の解説によれば、批評家の支持は必ずしも得られなかったが来場者には大いに受け、本作から画家の公的な経歴が始まった。解説は、画家が裸婦を神話の魅力で覆ったのに対し、同じ年に落選展に出たマネの《草上の昼食》は、はるかに卑俗とみなされたとする。所蔵館も、神話の主題はここでは裸体を描く口実にすぎず、その理想化はなまめかしさを退けないとし、マネの作品は率直さと力強さで醜聞を招いたと記す。