《真珠と波》
砕ける青い波を背に、裸の女が岩がちの浜辺に横たわる。片腕を頭の上に回し、肩越しにこちらへ顔を向けて、唇をわずかに開く。右手には大きな巻き貝や貝殻が転がり、手前の砂地には暗い海藻が打ち上げられている。
概要
《真珠と波》は、フランスの画家ポール・ボードリーが1862年に描いた油彩の裸婦像である。縦83.5センチ、横178センチの横長のキャンバスで、マドリードのプラド美術館が所蔵する。左上に「PAUL · BAUDRY · 1862.」の署名と年記がある。所蔵館によれば、第二帝政期のパリで最も高く評価された裸婦の一つで、1863年のサロンに「真珠と波(ペルシアの寓話)」の題で出品されて評判を呼んだ。
画面の読み解き
所蔵館によれば、ボードリーは1863年5月付けの友人オリヴィエ・メルソン宛ての手紙で、はじめは波によって女性なるものを表そうと考えたが、女性を宝石箱の中の真珠として示すほうを選び、構図を「ヴィーナスの誕生」に結びつけたと説明している。脇に置かれた貝殻もその読みを強める。本作は女性の性の隠喩として、また海と女性の婚姻の比喩として読まれてきた。横向きのしなやかなポーズは体の曲線を際立たせ、テオフィル・ゴーティエやマクシム・デュ・カンは、その裸身に波そのものへの暗示を見た。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、波と奥の砂の青、乳白色にきらめく貝殻、海藻の暗いグレーズ、泡の白いインパストが、官能的な調子をつくる。コレッジョの反響が見られ、所蔵館は本作を、ヴィーナスの美学の勝利と評している。一方、当時の批評の中には肉づけの不足を責めるものもあり、女性像の魅力も、ある人には物足りなく、別の人には慎みを欠くものと映った。
来歴
所蔵館によれば、1863年に皇后ウジェニーが買い、この買い上げは、作品の評価をめぐる観衆と批評家の分裂をいっそう際立たせた。パリ・コミューンののち、ボードリーは共和派による接収から守るため、作品を友人の家に隠した。1871年に収集家ウィリアム・フッド・スチュワートが画商グーピルを通じて購入し、1898年にニューヨークでのスチュワートの売り立てで、ラモン・デ・エラスが4万3千フランで買った。エラスにとって最後の、そして最も高額な購入で、1904年にその遺贈によってプラド美術館に入った。所蔵番号はP002604。
意義
所蔵館によれば、作品は写真やケアリーによる版画、風刺画、1886年のグーピルの写真製版を通じて広まり、風刺画は肉体の官能の勝利を強調した。日本語版ウィキペディアによれば、1863年のサロンではアレクサンドル・カバネルの《ヴィーナスの誕生》などとともに批評家の人気を分け合った。所蔵館は、本作が女性像における写実と理想のせめぎ合いを映すものとして読まれているとする。