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《聖マルコの遺骸の発見》

Il Ritrovamento del corpo di San Marco
《聖マルコの遺骸の発見》ティントレット
Gleb Simonov / ブレラ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ティントレット
制作年
1562–1566年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
396 × 400 cm
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丸天井が奥へ連なる薄暗い広間で、男たちが壁の墓から遺骸を下ろす。手前では聖マルコが現れて左手を上げ、その足元に自身の白い遺骸が横たわる。右では悪霊に憑かれた男から煙が立ちのぼる。

概要

《聖マルコの遺骸の発見》は、ヴェネツィアの画家ティントレットが1562年から1566年に描いた油彩画で、ミラノのブレラ美術館が所蔵する。館の記録では縦396センチ、横400センチのほぼ正方形のキャンバスで、目録番号は5959。館の第9室に展示されている。手前の主な人物は、等身大よりわずかに大きく描かれている。

画面の読み解き

館の解説によれば、描かれているのは825年頃、殉教の地エジプトのアレクサンドリアで、ヴェネツィアの商人たちが聖マルコの遺骸を探して墓を開けていたときの出来事である。館の美術史の解説は、遺骸を掘り出してヴェネツィアへ運ぶ役を負った二人の商人、マラモッコのブオーノとトルチェッロのルスティコの名を挙げる。手前に立つ聖マルコは、左手を上げて捜索を止める。遺骸はすでに広間の奥の墓から運び出され、聖人の足元の東方の絨毯の上に横たわっている。聖マルコは、立ち現れた姿と見つかった遺骸の二度描かれている。奥では、男たちが梯子に登って壁の石棺から布を綱にして遺骸を下ろし、一人が小さな蝋燭で照らしている。さらに奥では、床の墓の石板を持ち上げて松明で中を照らす男たちがいる。右手前では、悪霊に憑かれた男の口から白い煙が立ちのぼり、天井に向かって人の形を結ぶ。見つかったばかりの聖人の遺骸の力で、悪魔祓いが果たされたのである。中央でひざまずく金色の衣の人物は、注文主のトンマーゾ・ランゴーネである。

技法・様式

館の解説によれば、画家は奇跡を舞台の上の出来事のように演出し、「役者」たちの姿勢を乱れた大げさな動きへと強めた。めまいのするような短縮法によって、空間は奥へ並外れた加速を得て、見る者は出来事の中心へ引き込まれる。強い短縮で描かれた足裏を見せる遺骸は、アンドレア・マンテーニャの《死せるキリスト》を強く思わせる。館によれば、建築の幾何学的な線はすべて聖マルコの手の身ぶりから生まれ、その手は奥行きの線が集まる消失点にあたる。空間はルネサンスのように秩序づける枠や背景ではなく、見る者を絵の中へ引き込む表現の手段となっている。闇には出どころの定かでない光がひらめき、人物ごとに異なる当たり方で、体の量感と遺骸の不自然な白さを際立たせる。

来歴

館によれば、1562年、ヴェネツィアのサン・マルコ大同信会の長(グアルディアン・グランデ)となったラヴェンナ出身の医師トンマーゾ・ランゴーネが、聖人の物語を描く連作をティントレットに注文し、画家は1566年までにこれを仕上げた。館は、注文がランゴーネの就任を記念するものだった可能性を挙げる。連作の大画面(テレーロ)は聖人の生涯と奇跡にあてられ、本作のほかに、今はヴェネツィアのアカデミア美術館にある《聖マルコの遺骸の運搬》と《難破からサラセン人を救う聖マルコ》が含まれていた。館の子ども向けの解説によれば、本作はもとは高さ4メートルの位置に掛けられていた。

意義

館によれば、画家の円熟期の連作は、劇的な舞台の感覚で見る者を揺さぶる幻想的な絵画をめざしたその芸術の特質を示している。同信会とティントレットの結びつきは、1548年に同信会の集会室のために描いた《奴隷を救う聖マルコ》に始まった。