《死せるキリスト》
薄暗い墓の中、赤い大理石の台に横たわるキリストの亡骸を、足の裏の側から見下ろす。手足には釘の傷が残り、白い布が腰から下を覆う。左上の隅では、聖ヨハネと母マリアが泣いている。
概要
《死せるキリスト》(伊: Cristo morto nel sepolcro e tre dolenti)は、イタリアの画家アンドレア・マンテーニャが1483年頃に描いたテンペラ画である。縦68センチ、横81センチのキャンバスで、ミラノのブレラ美術館が所蔵する。館の題は「墓の中の死せるキリストと三人の嘆く人」。初期ルネサンスを代表する作品の一つである。
画面の読み解き
所蔵館の解説によれば、場面は墓の中で、キリストの亡骸は、清めて香油を塗るために、白い筋の入った赤い大理石の板に横たえられている。見る者は亡骸の横ではなく、足の側のやや高い位置から見下ろす。画面の下端近くには板からはみ出した両足の裏があり、釘の傷と、その縁でめくれた皮膚まで描かれる。まっすぐ並んだ脚は腰まで白い布に覆われ、布は多くのひだをつくって板の両側へ垂れる。腕はひじで軽く曲がり、半ば握った両手の甲にも釘の穴がある。胸には筋肉が浮き、腹は肋骨の弧の下でくぼむ。上端の中央では、細い金の光輪をつけた頭が、赤みを帯びた枕に載って右へ傾く。右上には香油を入れたふたつきの暗い壺が置かれる。左上の隅には、口を開けて泣く聖ヨハネ、白い布で涙をぬぐう年老いた聖母マリア、顔の下半分だけが見える女性(伝統的にマグダラのマリアとされる)が寄り添う。背景は灰色がかった茶色の壁で、右上だけが暗がりへ開いている。
技法・様式
亜麻のキャンバスにテンペラで描かれ、色は土の色合いの、つやのない沈んだ色に抑えられている。所蔵館によれば、最大の見どころは、横たわる体を正面から短縮してとらえた遠近の表現である。マンテーニャはおそらく「平行投影」の方法を使い、体が極端にゆがまないようにした。足が頭よりずっと大きくならないよう各部の大きさをそろえたため、いくつかの食い違いがあるという。画家はこうした試みを、パドヴァ時代の初期の大作や、マントヴァの「夫婦の間」の天井に描いた、円窓からのぞくプットでも見せていた。
来歴
所蔵館によれば、画家が自分の祈りのために描いたとみられ、キリストの体に香油を塗ったとされる「塗油の石」の聖遺物がトルコからマントヴァに届いた時期に構想されたと考えられている。1506年9月にマンテーニャが没すると、息子ルドヴィーコがアトリエに残されたこの「短縮法のキリスト」を枢機卿シジスモンド・ゴンザーガに売り、1627年にはマントヴァのゴンザーガ家の財産目録に載る。その後の行方には議論があり、1628年にイングランド王チャールズ1世に売られ、マザラン枢機卿のコレクションを経て、1世紀以上姿を消したとする説が有力だが決定的ではない。1806年、ブレラ美術アカデミーの書記ジュゼッペ・ボッシが彫刻家アントニオ・カノーヴァに購入の仲介を頼み、作品は1824年7月3日にブレラ美術館に入った。所蔵番号は352で、第6室に展示されている。
意義
所蔵館は本作を、マンテーニャの画業の頂点であり、その表現の力と厳しい構成、遠近の錯視の見事な扱いによって、イタリア・ルネサンスの最もよく知られた象徴の一つになった作品とする。この大胆な試みは16世紀から17世紀の画家たちにすぐに受け継がれ、同館にあるティントレットの《聖マルコの奇跡》や、アンニーバレ・カラッチ、オラツィオ・ボルジャンニらの作品に取り入れられた。