《磔刑》
- 作者
- ティントレット
- 制作年
- 1565年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 536 × 1224 cm
- 所蔵
- サン・ロッコ大同信会
- 時代
- ルネサンス
ティントレットが1565年、ヴェネツィアのサン・ロッコ大同信会のために描いた油彩画。高さ5.36メートル、幅12.24メートルの画面に、ゴルゴタの丘で十字架に架けられたキリストと、その周りで立ち働く群衆を一望のもとに描く。
概要
《磔刑》(伊: Crocifissione)は、ティントレットが1565年に描いた油彩画である。ヴェネツィアのサン・ロッコ大同信会の会館で、幹部の会議が開かれたアルベルゴの間の奥の壁一面を占め、描かれてから今日まで同じ場所にある。高さ5.36メートル、幅12.24メートルの画面に、ゴルゴタの丘での磔刑が、処刑の準備に立ち働く兵士や人夫、嘆き悲しむ女たち、馬上から見物する人々とともに描かれている。ティントレットが20年以上にわたって手がけた同信会の装飾のなかでも、もっとも名高い作品である。
来歴
ヴェネツィアで「スクオーラ」と呼ばれた同信会の一つであるサン・ロッコ大同信会は、1564年、新しい会館のアルベルゴの間の天井画のために、ヴェロネーゼら有力な画家たちに素描を求めた。ヴァザーリによれば、ティントレットは素描の代わりに完成した《栄光の聖ロクス》を天井にはめこんで見せ、寄贈を申し出てこの仕事を手にした。翌1565年、同信会の会員となった画家は本作を完成させ、3月9日に250ドゥカートの支払いを受けている。画面の左下には、1565年の年記と、当時の同信会の長ジローラモ・ロータの名を記した銘がある。続く1566年から1567年初めにかけて、同じ部屋の入口側の壁に《ピラトの前のキリスト》など受難の場面が描かれた。
画面の読み解き
画面中央の高い十字架に、光輪を放つキリストが架けられている。空は暗く、キリストの周りだけが光を帯びる。十字架の足もとでは、気を失った聖母マリアを女たちが支え、梯子に乗った男が、葡萄酒に浸した海綿をキリストに差し出そうとしている。左では、罪人の一人を縛りつけた十字架が、綱で引かれ下から押し上げられて、いままさに立てられようとしている。右奥では、もう一人の罪人が地面の十字架に縛りつけられ、右下では兵士たちがキリストの衣をめぐって賽を振る。
大勢の人物が動き回るなかで、垂直と水平の線でできているのは中央の十字架だけで、そこから交わる対角線が群衆を一つにまとめている。キリストを見上げながら十字架とともに持ち上げられる左の罪人と、まだ地面に横たわる右の罪人の対比に、善と悪の分かれ道を読む研究もある。右の群衆の中の黒い髭の男を画家の自画像、左端の白馬に乗った人物をロータの肖像とする説もある。
技法・様式
カンヴァスに油彩で描かれている。ティントレットは10年ほど前にもサン・セヴェーロ教会のために《磔刑》(ヴェネツィアのアカデミア美術館)を描いており、本作ではその群衆の配置を整理し、キリストを高く掲げて全体を見渡せる構図にまとめた。暗い空と大地のなかで、光は人物の肌や衣をすくい上げるように当たり、強いキアロスクーロが群像の劇を際立たせる。2023年から2025年にかけての修復では、画面全体を覆う木炭の方眼と、小さな人物のためのさらに細かな方眼が見つかった。素描から人物を写し移すための線で、速筆で知られた画家が、周到な準備のうえで大画面を仕上げていたことがわかった。
意義
本作はまもなく名声を得て、16世紀末にはアゴスティーノ・カラッチが大判の版画にし、その構図は広く知られた。19世紀イギリスの批評家ジョン・ラスキンは、この絵は分析も賞賛も超えているとして、見る者にゆだねると書いた。ティントレットの連作が当初の場所に残るサン・ロッコ大同信会は、ミケランジェロの壁画に囲まれたローマのシスティーナ礼拝堂にたとえられることもある。2023年からはアメリカの団体セーブ・ヴェニスの支援で現地での修復が行われ、1966年の洪水の後の修復で塗られて黄ばんだワニスや、古い補彩が除かれて、2025年春に公開された。ヴェネツィア派の宗教画を代表する作品の一つである。