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《東方三博士の礼拝》

Adorazione dei Magi
《東方三博士の礼拝》アルブレヒト・デューラー
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
アルブレヒト・デューラー
制作年
1504年
素材
パネル / 油絵具
寸法
99 × 113.5 cm
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崩れたアーチと木の小屋の前で、青い衣の聖母が膝の幼子を差し出し、ひざまずいた老いた博士が小箱を捧げる。その後ろには、金の杯を持つ金髪の博士と、金の器を手にした黒人の博士が立つ。

概要

《東方三博士の礼拝》(伊: Adorazione dei Magi)は、ドイツの画家アルブレヒト・デューラーが1504年に描いた油彩画である。縦99センチ、横113.5センチの板絵で、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。所蔵館によれば、北方の手本とイタリアからの引用を洗練された形で結びつけた傑作である。

画面の読み解き

所蔵館によれば、聖母が幼子イエスを三人の博士に示し、博士たちは黄金、乳香、没薬を捧げる。左では、白いヴェールに青い衣の聖母が座り、膝の上の幼子が、ひざまずいて身をかがめる年老いた博士の差し出す小箱に手を伸ばす。老いた博士は毛皮で縁取った赤い外套をまとい、禿げた頭に白いひげをたくわえる。中央には、緑の外套の下に金の錦をまとった長い金髪の巻き毛の博士が、蓋つきの金の杯を手に立つ。右には、青い外套に赤い脚衣の黒人の博士が金の器を持って立ち、耳には金の耳飾りが光る。右端では、ターバンを巻いた従者が身をかがめる。左の粗末な木の小屋からは牛とろばが顔を出し、背後には崩れたアーチやれんがの塔、木組みが並ぶ。奥には青い空と海、丘の上の町、騎馬の一行が見える。所蔵館によれば、年記「1504」と画家のモノグラム「AD」は、聖母の近くの手前の灰色の石に記されている。手前の地面には、蝶やクワガタムシ、草花まで細かく描きこまれている。

技法・様式

板に油彩で描かれる。所蔵館によれば、デューラーはこの時までに一度目のイタリア旅行を終え、古代美術とイタリアの美術、とくにマンテーニャやベッリーニ、レオナルドを知っていた。崩れたアーチや不安定な木組みを交えた建築には、ディーリック・バウツやヘラルト・ダーフィトといった北方の手本がうかがえるが、画家は少数の人物をしっかりと組み立て、よく整えた空間の中で動かす「イタリア風」の語法で描いた。身をひねって幼子に近づく老いた博士は、同館にあるレオナルドの《東方三博士の礼拝》の人物を思わせる。布や錦、ニュルンベルク製の冠や杯、ルビーや真珠、羽根、動植物は、アルプスの北のフランドル風の好みにしたがって細かく描かれる。色は、手前が赤と緑と青、奥では空と海の青が明るくなり、おとぎ話のような風景へ開けていく。

来歴

ミラノ大司教区の報道(2016年)によれば、本来の置き場所は確かでなく、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公がヴィッテンベルクの居城の礼拝堂のために注文した大きな多翼祭壇画の中央パネルだったとする説がある。いずれにせよ、大きさと堂々とした構えからは、身分の高い注文主が求めた作とみられる。同じ報道によれば、1502年に没した金工の父の工房で学んだことが、贈り物の器の描写に表れ、画家の素描帳には器とよく似た素描が残る。2016年11月から翌年2月にかけては、ミラノ教区博物館で公開された。所蔵番号は1890年目録の1434番で、ウフィツィ美術館の第A20室に展示されている。

意義

所蔵館によれば、中央の金髪の博士には、デューラー自身の面影がみとめられ、プラド美術館の自画像を思わせる。所蔵館のオンライン展示「On Being Present」によれば、デューラーはマンテーニャと同じく、黒人の博士を三人のうち最も若く、幼子から最も遠い人物として描いた。その豪華な衣装と凝った帽子は、画家のような流行の若者にふさわしく、アフリカの出を示すのは金の耳飾りだけである。一方で従者は肌がより明るく、ターバンを巻く。主人の肌を明るく描くのがふつうだった当時の図像のなかで、この上下関係は意外なものだという。