
《凸面鏡の自画像》1523〜1524年頃、ウィーン美術史美術館
Wikimedia Commons / ウィーン美術史美術館 / Public domain- 生没年
- 1503–1540年
- 国籍
- 教皇領(パルマ)
- 様式
- マニエリスム
パルミジャニーノ
1503年にパルマに生まれ、1540年に近郊のカザルマッジョーレで没したイタリアの画家。本名フランチェスコ・マッツォーラ。人物を優美に引き伸ばす描き方で、マニエリスムを代表する画家の一人とされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1503年1月11日、パルマに画家フィリッポ・マッツォーラの子として生まれた。1505年に父を亡くし、画家だった叔父たちに育てられる。ウフィツィ美術館によれば、パルマの聖堂で大きなフレスコ画の連作を手がけていたコレッジョのそばで腕を磨いた。1522〜1523年にはパルマのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂のフレスコ画に加わり、1523〜1524年にはフォンタネッラートのサンヴィターレ城に《ディアナとアクタイオン》の連作を描いた。1524年の夏にローマへ出て教皇クレメンス7世に作品を献じたが、1527年のローマ劫掠でボローニャへ移る。1531年からパルマに住み、サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂の装飾を請け負ったが、注文主と争いになり、1539年11月に投獄された。近郊のカザルマッジョーレに退き、1540年8月24日に没した。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、パルミジャニーノをコレッジョに次ぐパルマの代表的な画家とし、マニエリスムを生み出し率いた画家の一人と位置づける。ラファエロとミケランジェロにも学び、表現豊かで洗練された独自の作風を築いた。人物の首や指、体を長く引き伸ばし、優美さそのものを求める描き方に特徴がある。
代表作
ローマで教皇に献じた《凸面鏡の自画像》(1523〜1524年頃、ウィーン美術史美術館)は、凸面鏡に映った自分の姿を、丸くふくらんだ板にそのまま描いた作品である。晩年の《長い首の聖母》(1534〜1540年、ウフィツィ美術館)は、画家の死により未完のまま残された。
影響
画家としてだけでなく、多くの素描を残した素描家、版画家としても名高い。ナショナル・ギャラリーによれば、広く流布した版画を通じて、その作風はイタリアの後の画家たちだけでなく、ヨーロッパ中に影響を与えた。