《聖ヒエロニムスの幻視》
縦に細長い画面の上方で、光の輪を背に雲の玉座に座る聖母が、膝の幼子を支える。下では毛皮をまとった洗礼者ヨハネが、長い腕で上を指して振り返り、その奥では聖ヒエロニムスが十字架を抱いて眠っている。
概要
《聖ヒエロニムスの幻視》は、イタリアの画家パルミジャニーノが1526年から1527年にかけて描いた油彩の祭壇画で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の題は《聖母子と洗礼者ヨハネ、聖ヒエロニムス》。館の記録では、板(ポプラ材とみられる)に油彩で、縦342.9センチ、横148.6センチ。所蔵番号はNG33で、第6室に展示されている。館は、パルミジャニーノがローマで描いた最大の作品であり、イギリスの収集にある彼の唯一の大きな祭壇画だとしている。眠る聖人の姿から、19世紀に「聖ヒエロニムスの幻視」と呼ばれるようになった。
画面の読み解き
館の解説によれば、前景を占めるのは洗礼者ヨハネで、こちらをじっと見据え、誇張された長い指で上方の聖母子を指し示す。聖母子は、暗い灰色の嵐の雲を背に、ほとばしる光の中に座る。聖母は月を足もとにした無原罪の御宿りの聖母として表され、その体はゆがみ、繊細な頭や首に比べて脚は量感にあふれる。幼子キリストは、いたずらっぽく片足を画面の外のこちらへ蹴り出している。奥の地面では、荒れ野での徹夜の祈りに疲れた聖ヒエロニムスが、十字架上のキリストをかたく抱いたまま眠っている。
技法・様式
館によれば、急な短縮法で描かれたヒエロニムスの姿勢は、コレッジョの《ヴィーナスとクピドとサテュロス》(ルーヴル美術館)の眠るヴィーナスに由来する。画面を上下に分け、光の輪の前に聖母を置く構成と、洗礼者の指さす身振りは、当時ローマのサンタ・マリア・イン・アラチェーリ聖堂の主祭壇にあったラファエロの《フォリーニョの聖母》に基づき、聖母子の型と姿勢はミケランジェロの《ブルッヘの聖母》などに発する。一方で、嵐のような劇的な情景はパルミジャニーノ自身の創意だという。縦に細長い構図と、祭壇の右上の高窓から差す光に合わせた明暗は、予定された設置場所の制約に応えたものでもあった。人物の尺度の不釣り合い、圧縮された空間、劇的な光は、のちにマニエリスムと呼ばれる画家たちに共通する、意識的に人工的な様式の典型だと館は述べる。
来歴
館の報道資料によれば、本作は貴族の女性マリア・ブファリーニが、ローマの中心にあるサン・サルヴァトーレ・イン・ラウロ聖堂の礼拝堂のために注文した。ヴァザーリは、1527年のローマ劫掠のとき、カール5世の軍の兵士が工房に押し入ったが、この絵に驚いて画家に仕事を続けさせたと伝えている。パルミジャニーノはやがてローマを逃れ、絵は聖堂に据えられることなく隠された。画家の死後ずっとのちに注文主の相続人がこれを取り戻し、イタリア中部チッタ・ディ・カステッロの一族の教会に移した。館は、創設から2年後の1826年に英国協会の理事たちから本作の寄贈を受けた。
意義
館は、2024年12月から2025年3月まで、修復を終えた本作を10年ぶりに公開する展覧会を開いた。修復では、古いワニスと補彩の層が取り除かれ、生き生きとした筆づかいと豊かな色彩がよみがえった。展覧会では、構想から最終案までをたどる準備素描が初めて本作と並べられた。館は、本作をイタリア・マニエリスム初期の傑作の一つとしている。