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ニコラ・プッサンの肖像

《自画像》(1650年、ルーヴル美術館)

Wikimedia Commons / ルーヴル美術館 / Public domain
生没年
1594–1665年
国籍
フランス
様式
古典主義
本DB収録 1 点

ニコラ・プッサン

Nicolas Poussin

1594年にノルマンディーのレ・ザンドリ近くで生まれ、1665年にローマで没したフランスの画家。生涯の大半をローマで過ごし、古代とラファエロに学んだ理知的な構図で、17世紀の古典主義を代表する。

略歴BIOGRAPHY

生涯

リヨン美術館によれば、1594年、ノルマンディー地方のレ・ザンドリ近くに生まれた。修業時代はよくわかっていない。メトロポリタン美術館の解説によれば、1612年から1623年までパリで活動し、1624年にローマへ移る。バルベリーニ家に仕えた学者カッシアーノ・ダル・ポッツォが親友でパトロンとなった。1628年、サン・ピエトロ大聖堂のための《聖エラスムスの殉教》で、ただ一度の教皇庁の注文を得たが、冷ややかに迎えられる。以後は、少数の目の利く愛好家のために、中くらいの大きさの絵を描いた。リヨン美術館によれば、国王に招かれて1640年12月にパリに着き、国王の首席画家となったが、批判や大規模な仕事に悩み、1642年にローマへ戻った。以後は主にフランスの注文主のために描き、1665年11月19日にローマで没した。

様式の変遷

メトロポリタン美術館によれば、ローマの初期にはティツィアーノの色彩や古代の石棺の浮き彫りに学び、筆あとを残す柔らかな描き方をとった。1630年代には、人物を前景と平行な層に並べる、線のはっきりした整然とした構図に移り、蠟の人形を置いた小さな舞台で配置を考えたとされる。ラファエロの《アテネの学堂》の構成にはくり返し立ち返り、晩年にはストア哲学の主題を持つ風景画を描いた。リヨン美術館によれば、制作はインクと淡彩の素描で構図と光を決めることから始め、画面では細部の巧みさより全体の調和を重んじて、ゆっくりと描いた。主題ごとに描き方を変える「旋法(モード)」の考えも、友人シャントルーへの手紙から知られる。

代表作

《聖エラスムスの殉教》(1628年、ヴァチカン美術館)、《サビニの女たちの掠奪》(1633〜1634年頃、メトロポリタン美術館)、《マナの収集》(1639年、ルーヴル美術館)、《エジプトへの逃避》(1657年、リヨン美術館)、《日の出を探す盲目のオリオン》(1658年、メトロポリタン美術館)、連作《四季》(ルーヴル美術館)がある。

影響

リヨン美術館は、フランスの古典主義を始めた画家と位置づける。1667年11月5日には、パリの王立絵画彫刻アカデミーで、画家シャルル・ル・ブランが《マナの収集》について講じた。メトロポリタン美術館によれば、その絵は後の古典的な画家たち、とりわけジャック=ルイ・ダヴィッド、ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソに深い影響を与えた。

代表作MAJOR WORKS

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