《エジプトへの逃避》
翼を広げた天使が空から道を指し示し、幼子を抱いたマリアとヨセフが、ろばを連れて先を急ぐ。マリアは後ろを振り返り、ヨセフは天使を仰ぐ。柱廊の残る田園を、聖家族はエジプトへ向けて逃れていく。
概要
《エジプトへの逃避》(仏: La Fuite en Égypte)は、フランスの画家ニコラ・プッサンが1657年に描いた油彩画である。縦97センチ、横134センチのキャンバスで、リヨン美術館が所蔵する。新約聖書の『マタイによる福音書』に基づき、ヘロデ王の迫害を逃れてエジプトへ向かう聖家族を描いた歴史画である。リヨン出身の絹商人ジャック・セリジエの注文で描かれ、長く版画でしか知られていなかったが、1986年に競売に現れ、のちに裁判を経て真筆と認められた。
画面の読み解き
所蔵館によれば、画面は対角線によって、左の聖なる天の空間と、右の俗なる地上の空間に分けられている。中央では、ローマ近郊の田園を思わせる風景の中を、聖家族が天使に導かれて進む。ヨセフは天使に問いかけ、マリアは過去を惜しむように振り返り、ろばは影の中を不確かな先へと歩み、画面の中心の幼子イエスは見る者に呼びかける。対角線は聖母が幼子を守るしぐさに集まり、エジプトへの逃避が、キリストの受難を予告する聖母の七つの悲しみの一つであることを示すという。左手前には旅人が横たわり、奥には柱廊と湖、右には岩山がそびえる。右上の隅には、白い絵具で「2」と記されている。
技法・様式
所蔵館によれば、1642年からローマに腰を据えた画家は、古代の遺物やルネサンスの作品、同時代のアンニーバレ・カラッチの古典的な手本に着想を求めた。振り返る聖母の姿はおそらく古代ローマの浮き彫りに、天使の姿勢と横たわる旅人のポーズはラファエロのフレスコ画や版画に由来し、奥の柱廊と曲がった木は古代のモザイクから取られている。同館によれば、この主題では、聖母がろばに乗って幼子を膝に抱く姿が多く描かれてきたが、17世紀には道中の奇跡の逸話が退き、本作のように聖母が歩く姿も現れた。フランス美術館研究修復センターの調査は、晩年の画家の技術の確かさを裏づけている。
来歴
所蔵館によれば、セリジエはパリのサン=マルタン通りに住んだリヨン出身の絹商人で、画家の親しい友人だった。17世紀の美術史家アンドレ・フェリビアンは、画家が1657年に「セリジエ氏のために、エジプトへ逃れる聖母」を描いたと記す。セリジエの没後に収集は散逸し、本作は版画でしか知られなくなった。フランスの破毀院の2003年の判決によれば、所有者は1985年に競売を依頼し、本作は「プッサンの工房」の作として出品されて、1986年3月2日、ギャラリー・パルドに160万フランで落札された。所有者は1994年に真筆だと確信し、翌年、売買の無効を訴えた。2000年の鑑定は、画家の手になるのは確かだと結論した。パリの控訴院は2001年に売買を無効とし、破毀院は2003年に画商側の上告を退けた。国は2004年に本作を「国家の宝」(トレゾール・ナショナル)に指定し、美術批評誌ラ・トリビューン・ド・ラールによれば、2007年、企業などの寄付を集めて1700万ユーロで買い上げた。本作はルーヴル美術館の所蔵品としてリヨンに預けられ、2014年に所有権が同館に移った。所蔵番号2014.5.1。
意義
所蔵館は、63歳の画家がヨーロッパ絵画の大家であり、フランスの古典主義を始めた人物だったとし、本作を、流浪をめぐる時代を超えた思索がにじむ、最も謎めいた作品の一つと評する。同館によれば、画家は福音書の物語に忠実に従いながら象徴を織り込み、人の救いについての神学的、哲学的な瞑想としている。2008年には、本作の到着を記念して、ヨーロッパの美術館から借りたプッサンの絵10点を並べる展覧会が開かれた。ラ・トリビューン・ド・ラールのディディエ・リクネールは、競売で本作を見いだしながら裁判で失った画商パルド兄弟こそが、真の発見者だと書いている。