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ジョン・シンガー・サージェントの肖像

ジェームズ・E・パーディ撮影の肖像写真(1903年)

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1856–1925年
国籍
アメリカ合衆国
様式
肖像画
本DB収録 3 点

ジョン・シンガー・サージェント

John Singer Sargent

1856年にフィレンツェで生まれ、1925年にロンドンで没したアメリカの画家。パリで学び、ロンドンを拠点にイギリスの貴族をはじめとする人々の肖像で名声を得た。晩年は壁画と水彩画に力を注いだ。

略歴BIOGRAPHY

生涯

メトロポリタン美術館の論考(H・バーバラ・ワインバーグ、2004年)によれば、1856年1月、アメリカ人の両親のもとフィレンツェに生まれた。ヨーロッパ各地を移り住み、旅行案内書『ベデカー』になぞらえられる教育を受けて、イタリア語、フランス語、ドイツ語を身につける。1873年から翌年の冬にフィレンツェの美術学校で初めて正式に学び、1874年5月にパリの肖像画家カロリュス=デュランのアトリエに入った。1877年からパリのサロンに出品して評価を得たが、1884年のサロンに出した《マダムXの肖像》は、慣習を顧みない画家として批判を浴びる騒ぎとなった。1886年の春にイギリスへ移り、以後そこで生涯を送った。メトロポリタン美術館の作家情報によれば、1925年にロンドンで没した。

様式の変遷

同論考によれば、師カロリュス=デュランは、下描きをせずにすぐ描き始め、粘りのある絵具を広い面で使うよう弟子に勧めた。サージェントは様式の上でも師に近づき、その愛弟子となる。1870年代末の日差しあふれる絵には、1876年にはパリで会っていたとみられるクロード・モネの影響がうかがえる。ロンドンでは実業家やその家族、芸術家や演者も描いたが、とくにイギリスの貴族の肖像の描き手として栄えた。

代表作

《マダムXの肖像》(1883〜1884年、メトロポリタン美術館)がある。ワインバーグによれば、夏を過ごしたイギリスのコッツウォルズでは《カーネーション、リリー、リリー、ローズ》を描き、1887年にロイヤル・アカデミーに出品した。第一次世界大戦では政府の注文で前線を訪れ、《毒ガスをあびて》(1919年、帝国戦争博物館)を描いた。

影響

同論考によれば、1900年を過ぎると肖像画の注文に疲れ、ボストン公共図書館、ボストン美術館、ハーヴァード大学のワイドナー記念図書館の壁画に打ち込んだ。旅先で描いた水彩画の習作も多くの時間を占めるようになり、1907年ごろには水彩画家としての確かな評価を得て、批評と収入の新たな支えとなった。

代表作MAJOR WORKS

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