《マダムXの肖像》
- 作者
- ジョン・シンガー・サージェント
- 制作年
- 1883–1884年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 208.6 × 109.9 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館
- 時代
- 写実・印象派
- 流派
- アカデミック美術
暗い褐色の背景の前に、胸元の深く開いた黒いドレスの女性が、体を正面に向け、顔を横向きにして立つ。白い肌とほっそりした腕が、黒い布と鋭い対比をなしている。
概要
《マダムXの肖像》(英: Madame X (Virginie Amélie Avegno Gautreau))は、アメリカの画家ジョン・シンガー・サージェントが1883年から1884年にかけて描いた油彩画である。縦208.6センチ、横109.9センチのキャンバスで、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。所蔵館によれば、モデルのヴィルジニー・アメリー・アヴェニョ・ゴートロー(1859〜1915年)は、ニューオーリンズでフランス系の両親のもとに生まれ、子どものころパリに移って、1879年にフランスの銀行家と結婚し、社交界でたちまち名を上げた。パリではその技巧を凝らした装いで知られていた。
画面の読み解き
褐色の背景の前で、女性は右手を金色の脚の丸いテーブルについて体を支え、左手には閉じた扇を持ってドレスの裾をつまむ。体は正面を向くが、顔はくっきりとした横顔で右を向く。ドレスは宝石を連ねた細い肩ひもの黒い夜会服で、白い肌との対比が画面を支配する。右下には画家の署名と年記がある。所蔵館によれば、画家は注文を受けずに、しかもモデル本人の同意のもとで描き、その大胆な装いを強調して、当初はドレスの右の肩ひもが肩からずり落ちた姿に描いていた。館の音声解説で学芸員ステファニー・ハードリックは、観客はその肌の色合い、化粧、そして画家の描き方に衝撃を受けたと語っている。
技法・様式
所蔵館の2025年の展覧会「サージェントとパリ」の解説によれば、サージェントはその人目を引く容姿に魅せられ、サロンのための大作をものにしようと、注文なしでモデルを務めるよう彼女を説き伏せた。完成した絵を、ゴートロー自身は「傑作」と呼んだ。同展は本作を、フランスの首都で認められようとした二人のよそ者による、計算された共同作業だったとする。同館のH・バーバラ・ワインバーグ(2004年)は、1874年からパリでカロリュス=デュランのアトリエに学んだサージェントが、本作で慣習への無関心を批判されたと記す。
来歴
所蔵館によれば、本作は1884年のサロンに《マダム***》の題で出品され、称賛よりも嘲笑を多く浴びた。展覧会の解説によれば、批評家の多くはゴートローの容姿を手がかりに、その品行を問い、虚栄の印とされた「過剰な」化粧と「はだけた」姿をあざ笑った。ゴートローの母は絵をサロンから引き下げるよう画家に懇願したが、画家は作品を守った。サージェントは肩ひもを描き直し、30年あまり手もとに置いた。1916年、アーサー・ホッポック・ハーン基金によって館が購入する。その際、画家は「これまで描いたなかで一番よいものだと思う」と書き、モデルの名を伏せるよう館に求めた。所蔵番号は16.53で、第771室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、この騒動のあと、サージェントは1886年に29歳でロンドンへ移り、1925年に没するまでそこに住んだ。ワインバーグは、本作を1884年のサロンでのスキャンダルによる評判(シュクセ・ド・スキャンダル)と呼ぶ。館の音声解説で画家エリザベス・コロンバは、本作はゴートローその人であると同時に、当時のパリの社交界の虚栄と浅薄さの表現でもあると述べている。