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《毒ガスをあびて》

《毒ガスをあびて》ジョン・シンガー・サージェント
Wikimedia Commons / 帝国戦争博物館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ジョン・シンガー・サージェント
制作年
1919年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
231 × 611.1 cm
時代
20世紀
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目に包帯を巻かれた兵士たちが、前の者の肩に手を置いて一列に歩く。足もとには負傷兵が折り重なって横たわり、その向こうでは兵士たちがサッカーに興じ、薄紅色の空に低い日が浮かんでいる。

概要

《毒ガスをあびて》(英: Gassed)は、アメリカの画家ジョン・シンガー・サージェントが1919年に完成させた油彩画である。縦231センチ、横611.1センチのキャンバスで、ロンドンの帝国戦争博物館が所蔵する。所蔵館によれば、第一次世界大戦の西部戦線で、1918年8月に画家が目にしたマスタードガスの攻撃の直後を描いた歴史画で、同館の収蔵品で最大の絵画である。

画面の読み解き

所蔵館によれば、目に包帯を巻かれた兵士たちが、衛生兵に導かれ、前の者の肩に手を置いて一列に歩いていく。画面の中央を横切るこの列を、所蔵館の学芸員は帯状の装飾(フリーズ)にたとえる。列の一人は顔をそむけて吐いている。足もとの地面には、同じように目を覆われた負傷兵が何重にも横たわり、手で目を押さえる者、水筒を口に運ぶ者もいる。列の脚のあいだの遠くでは、色の違うシャツの二組がサッカーをしており、こうした攻撃が日常であったことを示す。右の奥にはもう一つの列が進み、空には複葉機が小さく飛び、地平線の近くには低い日が浮かぶ。所蔵館は、ガスの害が無差別であったこと、負傷者の扱い、身を守る装備の乏しさを読み取れるとし、手当ての天幕へ導かれていく姿に救いの気配を見つつも、全体の印象は喪失と苦しみであるとする。左下に「John S. Sargent Aug 1918」の書き込みがある。

技法・様式

所蔵館によれば、画布は薄く、きわめて巧みに塗られている。サージェントは見る者を、目の見えない男たちが互いに触れ合う感覚へと引き込む。整った装備でそろって動くサッカーの選手たちは、負傷者と鋭い対照をなしている。所蔵館の学芸員は、近年の保存修復で、晴れた夕暮れに近い空を思わせる美しい薄紅と青が現れたと述べている。本ページの画像は修復後の撮影である。

来歴

所蔵館によれば、政府のイギリス戦争記念委員会が、第一次世界大戦を記念する「追悼の殿堂」の中心となる絵として注文した。画家は英米の協力を主題に与えられたが、ふさわしい場面を見つけられず、この光景を選んだ。1918年7月、友人の画家ヘンリー・トンクスとフランスの前線に向かい、トンクスの1920年の手紙によれば、8月、二人はドゥランへの道沿いのル・バック・デュ・シュドの軍団救護所で、ガスの負傷者が6人ほどずつ衛生兵に導かれてくる様子を見た。サージェントは強く心を動かされ、すぐに多くの覚え書きを取ったという。絵は1919年3月までに完成したが、資金不足のため殿堂は建てられなかった。所蔵番号は Art.IWM ART 1460 である。

意義

王立美術院の夏の展覧会の記録によれば、1919年の同展で本作は第3室の最も良い位置に掛けられ、「今年の絵」とたたえられた。『モーニング・ポスト』の批評家は、倫理でも見た目でも技術でも展覧会随一とした。一方、ヴァージニア・ウルフは『アシニーアム』で、この大きな絵がようやく抗議の、あるいは人間らしさの神経に触れたと書いた。所蔵館によれば、本作はこの年に初めて公開されて以来、ほとんど途切れることなく展示されている。