
ヴァレンティン・セローフ《イサーク・レヴィタンの肖像》1893年、キャンバスに油彩、トレチャコフ美術館
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain- 生没年
- 1860–1900年
- 国籍
- ロシア
- 様式
- 移動派
イサーク・レヴィタン
1860年に現在のリトアニアのキバルタイで生まれ、1900年にモスクワで没したロシアの風景画家。ロシアの自然の微妙な表情をとらえ、叙情的な「気分の風景画」と呼ばれる新しい風景画を生み出した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロシア美術館によれば、1860年、スヴァウキ県の国境の町キバルティ(現在のリトアニアのキバルタイ)のユダヤ人の家庭に生まれ、1860年代の終わりに家族とモスクワへ移った。1873年にモスクワ絵画彫刻建築学校に入り、アレクセイ・サヴラソフ、のちにヴァシーリー・ポレーノフの風景画の教室で学ぶ。在学中の1879年に描いた《秋の日、ソコーリニキ》をまもなくパーヴェル・トレチャコフが買い上げ、以後トレチャコフは彼の作品を買い続けた。同じころ、級友の兄アントン・チェーホフと知り合い、長い友情が始まる。1891年に移動派の会員となり、1897年にはミュンヘン分離派にも加わった。1898年に帝室美術アカデミーの会員となり、母校で風景画の教室を受け持つ。1900年、モスクワで没した。
様式の変遷
ロシア美術館は、自然のもっとも繊細な表情を描き出した「自然の詩人」と呼び、叙情的で精神性の高い新しい型の風景画を生んだとする。1880年代にはクリミアやヴォルガ河畔のプリョスで習作を重ね、1890年代には叙事詩のような大画面へ進んだ。トレチャコフ美術館は彼を「気分の風景画」の創始者と位置づける。晩年は色が暗く、灰色に近い単色へ傾いた。
代表作
トレチャコフ美術館の《静かな僧院》(1890年)、《夕べの鐘》(1892年)、《ウラジーミル街道》(1892年)、《永遠の安らぎの上に》(1894年)、《金色の秋》(1895年)が知られる。
影響
ロシア美術館によれば、教室からはスタニスラフ・ジュコフスキーやヴィトルド・ビャルィニツキ=ビルリャら、のちの風景画家が育った。学校で親しくなったヴァレンティン・セローフは、1893年にその肖像を描いた。友人チェーホフの戯曲『かもめ』には、画家の身辺の出来事の一部が映されている。