《三月》
雪の残る屋敷の庭に、早春の日差しが明るく降り注ぐ。右には黄色い板張りの家と雪を載せた玄関の庇、その前で橇をつけた馬が待つ。奥には白樺と松の林が並び、青い空に伸びる白樺の枝には巣箱がかかる。
概要
《三月》は、ロシアの画家イサーク・レヴィタンが1895年に描いた油彩画で、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。館のアプリの記録では縦61センチ、横76センチのキャンバスで、所蔵番号はИнв.1489。館は、レヴィタンを「気分の風景画」というロシア風景画の新しい流れの創始者とし、20年の画業で描いた数十点の絵が館の黄金のコレクションをなしていて、《三月》もその一つだと紹介している。
画面の読み解き
雪の残る屋敷の庭に、早春の日差しが明るく降り注ぐ。右には黄色い板張りの家の壁と、雪を載せた玄関の庇があり、その前で橇をつけた馬が待っている。奥には白樺と松の林が並び、青い空に伸びる白樺の枝には巣箱がかかる。館によれば、白樺の枝に陽気にとまる巣箱は、暖かい国から鳥たちが戻ってくる日が近いことを告げているかのようで、春の最初の空気を吸い込んだ自然が、よみがえりを待ちわびて喜んでいる。
技法・様式
館によれば、素朴な主題は春の初めの日々の喜びに満ち、戸外制作による画面は、響きの豊かな色と、ゆるんだ雪や雪だまりと屋根に光る日の照り返しの自在な描き方で見る者を驚かせる。美術誌『トレチャコフ・ギャラリー』の2010年の論文で、リディア・イオヴレワは、レヴィタンには雪の冬景色がほとんど無く、描くのはいつも季節の移り目だと述べる。そして、解けかけた雪に落ちる明るい日差しと青い影を描いた本作のように、自然の歓喜を描いたように見える絵にも、いつも哀しみの色合いが差していると記している。
来歴
館によれば、1894年の《永遠の安らぎの上に》のあと、画家の生活には愛と調和と心の高まりに満ちた新しい時期が訪れた。1895年の春、画家はトヴェリ県の領地ゴルカに住み、女主人アンナ・トゥルチャニノワ(1856〜1930年)と3人の娘に温かく迎えられた。着いたばかりの画家のために、湖の岸に急いでアトリエが建てられ、本作にはその壁が描かれている。同誌の年譜によれば、画家はこの年の3月と、5月から9月までゴルカに暮らした。1896年、パーヴェル・トレチャコフが《金色の秋》とともに、画家から本作を買い取った。
意義
館によれば、本作は《爽やかな風、ヴォルガ》《金色の秋》(ともに1895年)とともに、明るい調子の三部作の幕を開ける作品である。画家自身にとっても、《三月》は新しい生活と心の生まれ変わりの象徴になったという。