
カール・ヴァン・ヴェクテン撮影の肖像写真、1933年
Wikimedia Commons / アメリカ議会図書館 / Public domain- 生没年
- 1869–1954年
- 国籍
- フランス
- 様式
- フォーヴィスム
アンリ・マティス
1869年にフランス北部のル・カトー=カンブレジに生まれ、1954年にニースで没したフランスの画家。強い色彩でフォーヴィスムを率い、装飾的な大画面から晩年の切り紙絵まで、近代美術の流れを大きく変えた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
メトロポリタン美術館によれば、1869年にフランス北部のル・カトー=カンブレジで生まれた。同館の論考(マグダレーナ・ダブロウスキ、2004年)によれば、はじめ法律を学び、美術に関心をもったのは21歳のときだった。1891年にパリへ出て、アカデミー・ジュリアンでブグローに、1892年からは国立美術学校でギュスターヴ・モローに学ぶ。1905年のサロン・ドートンヌにマティスらが出した《帽子の女》などの作品から、20世紀最初の前衛運動フォーヴィスムの名が生まれた。1917年の秋に南フランスのニースを訪れ、生涯をそこで過ごす。1954年、ニースで没した。
様式の変遷
同論考によれば、フォーヴィスムの時期(1905年秋〜1907年)には、厚塗りから純色の平らな面までさまざまな筆づかいの色で画面を組み立てた。1908年からは芸術と装飾の関係を探って大画面を描き、ロシアの収集家セルゲイ・シチューキンのモスクワの邸宅のために《音楽》と《ダンス》を手がけた。ニースの時代には、異国風の衣装の女性や豪華な室内が主な主題となる。1940年からは、あらかじめ色を塗った紙を切り抜いて組み立てる切り紙絵が主な試みの場となり、晩年にはヴァンスのロザリオ礼拝堂(1948〜1951年)を手がけた。
代表作
妻を描いた《帽子の女》(1905年、サンフランシスコ近代美術館)、《音楽》(1910年、エルミタージュ美術館)と対の《ダンス》(1910年、同)、その習作の《ダンス I》(1909年、ニューヨーク近代美術館)、切り紙絵による《ジャズ》、ヴァンスのロザリオ礼拝堂がある。
影響
同論考は、ほぼ65年にわたる画業での様式の革新が、ピカソのそれとともに近代美術の流れを根本から変え、若い画家たちの何世代にも影響を与えたとする。シチューキンのほか、アメリカの収集家アルバート・バーンズも重要な支援者だった。