《帽子の女》
青いつばの大きな帽子に、橙や緑、青の飾りが渦を巻く。こちらを向く女性の顔には、額と鼻筋に緑の筋が走り、唇は赤と桃色。手には白と桃色の扇を持ち、背後は桃色や藤色、黄、緑の淡い色で塗られている。
概要
《帽子の女》(仏: Femme au chapeau)は、フランスの画家アンリ・マティスが1905年に描いた油彩画である。縦80.8センチ、横59.7センチのキャンバスで、サンフランシスコ近代美術館が所蔵する。画家の妻アメリーを描いた肖像画で、同年のサロン・ドートンヌで騒ぎの的となり、フォーヴィスムの名が生まれるきっかけの一つとなった。
画面の読み解き
所蔵館の音声解説によれば、縦長の画面に、荒々しく勢いのある筆で色の切れはしを置いて女性を描く。巨大な帽子が画面の上3分の1を占め、顔のほぼ2倍の大きさがある。青く広いつばが額の上をまっすぐ横切り、その上に花か羽根飾りのような橙、緑、青の房が渦を巻く。赤い髪がつばの下からわずかにのぞく。女性は体を横に向けて座り、顔をこちらに向ける。顔は緑の筋と灰色、藤色、黄色のしみで描かれ、額には帽子のつばの影とみられる緑の横の筋、鼻筋には長い緑の縦の筋が引かれ、鼻先に淡い黄色が置かれる。上唇はトマトのような赤、下唇は桃色である。椅子にもたれて開いた扇を持ち、長い手袋は緑で、刺繍のような桃色の点がある。左上に署名がある。所蔵館によれば、アメリーは1899年から1902年まで自分の帽子店を営んでおり、この帽子も彼女が作ったとみられる。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館の学芸員マリア・カストロは、本作で色は目に見える現実から完全に切り離され、見たままの像ではなく感覚をとらえようとしていると述べる。筆づかいは素描のように粗く、広い色の面とともに、ところどころにキャンバスの地や鉛筆の下描きが見える。同館の学芸員ジャネット・ビショップによれば、マティスは見たままに対応しない色をすでに使っていたが、風景ならともかく女性の顔に使ったことが衝撃を与えた。モデルが実際には何を着ていたのかと問われたマティスは、「もちろん黒だ」と答えたという。
来歴
所蔵館によれば、マティスは大きな風景画を仕上げられそうになく、本作を急いで描いたとされる。35歳の画家は1905年のサロン・ドートンヌの第7室に本作を出品した。仲間やサロンの会長は恥をかくことを心配して出品を思いとどまるよう勧めたが、マティスは出した。作家ガートルード・スタインと兄レオは、会場から本作を買った。1913年に二人が別れると、ガートルードは兄マイケルとその妻サラに売った。夫妻は1935年にサンフランシスコ湾岸へ戻り、翌年初めには創立まもない同館で本作が展示された。1940年代の末に未亡人のサラが収集品を手放し始めると、友人のエリーズ・S・ハースが夫とともに買った。1990年に没したハースの遺贈で、1991年に同館に入った。所蔵番号は91.161である。
意義
所蔵館によれば、第7室にはルネサンス風の彫刻も並び、批評家ルイ・ヴォークセルはそれを「野獣たちの中のドナテッロ」と評した。この言葉からフォーヴィスムの名が生まれたが、画家たち自身はそう名乗ってはいない。サロンの騒ぎはマティスの大きな転機となり、前衛の旗手としての名声を固めた。会期のあと、帽子をかぶった女性を描く画家が相次ぎ、のちにはリチャード・ディーベンコーンが、本作に通じる《帽子と手袋の女》(1963年)を描いている。