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《青い裸婦》

Nu bleu (souvenir de Biskra)
《青い裸婦》アンリ・マティス
Wikimedia Commons / ボルチモア美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
アンリ・マティス
制作年
1907年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
92.1 × 140.3 cm
所蔵
ボルチモア美術館 (コーン・コレクション、所蔵番号1950.228)

棕櫚の葉が揺れる緑の草地に、裸の女性が横たわる。片腕を頭の上に曲げ、もう一方の肘で上体を起こし、腰を大きくひねって脚を折り曲げる。体の輪郭は太い青の線でなぞられ、肌の影にも青が塗られている。

概要

《青い裸婦(ビスクラの思い出)》(仏: Nu bleu (souvenir de Biskra))は、アンリ・マティスが1907年に描いた油彩画である。縦92.1センチ、横140.3センチのキャンバスで、アメリカのボルチモア美術館が所蔵する。所蔵館によれば、1907年の初めに南フランスの港町コリウールで描かれ、画家の歩みの転機となった。フォーヴィスムの時期の終わりに描かれた等身大の横たわる裸婦で、その大きさと肉体の量感は、それまでにないものだった。

画面の読み解き

緑の草地に、裸の女性が横向きに寝そべる。片腕を頭の上に曲げて手を髪にあて、もう一方の肘をついて上体を起こす。胸はこちらを向き、腰から下は大きくひねられて、折り曲げた脚が画面の右へ伸びる。太い青の線が体の輪郭をなぞり、腕や腰の影にも青が塗られる。背景には赤や黄の筋で描かれた棕櫚の葉が広がり、手前の草むらには小さな花が咲く。所蔵館によれば、背景の棕櫚は、画家が1906年に初めて旅した北アフリカのアルジェリアの風景を指している。右下に「Henri - Matisse」の署名がある。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、人物は勢いのある筆で描かれ、彫刻のように肉づけされている。1906年に亡くなった師と仰ぐセザンヌ以後に完成した最初の大作で、青を主とする色と、形の確かさや重みによって、セザンヌへの敬意を示す。同時に、19世紀に好まれた理想化された裸婦をきっぱりと退けた。アフリカの彫刻への関心も表れており、マティスはアフリカ美術をその美しさから評価した最初期のヨーロッパの画家の一人だった。

来歴

所蔵館によれば、本作は1907年にレオとガートルードのスタイン兄妹が手に入れ、のちにアルフォンス・カーン、ジョルジュ・ド・ザヤス、ニューヨークのマリウス・ド・ザヤス画廊を経て、1920年に収集家ジョン・クインの手に渡った。クインのコレクションの売り立てののち、1926年にボルチモアのクラリベル・コーンが購入し、妹エタ・コーンが受け継いだ。1949年、エタの遺贈によりコーン・コレクションの一点として同館に入った。所蔵番号1950.228。

意義

所蔵館によれば、本作は1907年にパリのアンデパンダン展で初めて展示され、批評家に酷評され、観衆からは不必要に醜いと攻撃された。1913年、レオ・スタインがニューヨーク、シカゴ、ボストンを巡回したアーモリー・ショーに貸し出すと、再び非難を浴び、シカゴ美術館附属美術学校の学生たちは抗議として本作の複製を燃やした。20世紀初めの前衛絵画が引き起こした衝撃を、最もよく伝える作品の一つである。