
《東方三博士の礼拝》(フィレンツェ、インノチェンティ捨て子養育院)の部分。自画像とされる
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1449–1494年
- 国籍
- フィレンツェ共和国
- 様式
- 初期ルネサンス
ドメニコ・ギルランダイオ
1449年にフィレンツェで生まれ、1494年に同地で没した初期ルネサンスの画家。兄弟と大きな工房を営んで壁画と板絵を手がけ、聖書の物語に同時代のフィレンツェの人々や暮らしを描き込んだ。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、本名はドメニコ・ビゴルディ。1449年にフィレンツェで生まれ、1494年1月11日に同地で没した。ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、ヴァザーリは、金細工師として出発し、アレッソ・バルドヴィネッティに学んだと伝える。兄弟のダヴィデ、ベネデットと繁盛した工房を営み、1475年には教皇シクストゥス4世に招かれてヴァチカン図書館に教会博士の像を描き、1481〜1482年にはボッティチェッリらとシスティーナ礼拝堂の壁画に加わって《聖ペテロと聖アンデレの召命》を描いた。
様式の変遷
ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、物語の才に富み、優美な人物で場面を満たし、ときに脇の逸話が主題よりも重みをもった。最初の大きな壁画はサン・ジミニャーノのサンタ・フィーナ礼拝堂(1477〜1478年頃)で、1480年にはオニッサンティ聖堂に《最後の晩餐》を描く。サンタ・トリニタ聖堂のサセッティ礼拝堂(1483〜1486年)を経て、最大の後援者ジョヴァンニ・トルナブオーニの注文によるサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の内陣の壁画(1486〜1490年)が最高傑作とされる。日常の細部や身近な人々の肖像を描き込んだ壁画は、時代の記録ともなった。
代表作
ティッセン=ボルネミッサ美術館の《ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像》(1489〜1490年頃)は、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の壁画にも描いたトルナブオーニ家の若妻の横顔の肖像である。サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の連作では、とくに《聖母の誕生》が名高い。油彩では、ルーヴル美術館の《エリサベト訪問》と、優しく写実的な《老人と孫》がある。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、若いミケランジェロが工房で修業し、息子リドルフォも画家となった。ヴァザーリとコンディヴィは、工房にいたミケランジェロの最初の絵として《聖アントニウスの苦悩》を伝える。同時代の市民の姿を宗教画に写し込んだ壁画は、初期ルネサンスのフィレンツェの暮らしを今に伝える。