《聖アントニウスの苦悩》
夕暮れの川の谷の上空で、白いひげの老いた聖人が、鱗やとげ、翼をもつ悪魔たちに取り囲まれている。悪魔は聖人の衣や髪やひげを引っぱり、棍棒を振り上げるが、聖人は静かな顔でそれに耐えている。
概要
《聖アントニウスの苦悩》(英: The Torment of Saint Anthony)は、ミケランジェロ・ブオナローティが1487年に、板にテンペラで描いた絵である。縦47センチ、横34.9センチで、アメリカ・テキサス州フォートワースのキンベル美術館が所蔵する。所蔵館によれば、知られているミケランジェロの最初の絵で、画家が12歳のときの作品である。主題は、4世紀にアレクサンドリアのアタナシオスが著した聖アントニウス伝に見える。エジプトの隠修士アントニウスは、宙に浮かび上がって悪魔たちに襲われる幻を見て、その責め苦に耐えたという。
画面の読み解き
画面の中央で、黒い衣に頭光を戴いた白いひげの聖人が宙に浮かび、その周りを、角や翼、とげや鱗をもつ悪魔たちが渦のように取り巻いて、衣や髪をつかみ、棍棒を振りかざす。下には岩山と、川の流れる谷、帆舟、塔の見える遠くの町が広がる。所蔵館によれば、同時代の伝記作者ジョルジョ・ヴァザーリと、ミケランジェロ自身が監修した伝記を書いたアスカニオ・コンディヴィが、本作を詳しく記している。二人によれば、ドメニコ・ギルランダイオの工房にいたミケランジェロの素描以外の最初の作品は、15世紀のドイツの画家マルティン・ショーンガウアーの版画《悪魔に苦しめられる聖アントニウス》を絵に写したもので、この絵で画家は広く名を知られた。
技法・様式
所蔵館によれば、ミケランジェロは版画にいくつもの変更を加え、洗練された腕前と自然らしさへの探求を示した。渦を巻く構図をより引き締め、体や手足、物の位置と輪郭を整えたところに、余白と動きへの鋭い感覚がうかがえる。背景には、聖人が暮らしたエジプトではなく、少年の画家が知る唯一の風景だったフィレンツェ周辺のアルノ川の谷を描き加えた。ヴァザーリとコンディヴィによれば、悪魔をより本物らしく見せるため、画家は魚市場に通って魚の色や鱗を観察した。その成果は、版画には無い左の怪物の鱗や、右の悪魔の色づかいに表れている。赤外線反射撮影で見える下描きは版画にほぼ忠実で、完成作で加えた変更の跡(ペンティメント)は見られない。
来歴
所蔵館によれば、2015年にはハイパースペクトル画像で、画面の下部の絵具の下に筆で描かれた落書きが読み取れるようになった。格天井や寝台などから、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂トルナブオーニ礼拝堂で、ギルランダイオの工房が描いたフレスコ《洗礼者ヨハネの誕生》の素描と判明し、この壁画が1487年の秋のものと確かめられているため、本作の制作年も裏づけられた。本作は1830年代にピサのスコルツィの収集にあり、パリのアンリ・ド・トリケティ男爵とその家族を経て、1905年以前にイギリスのポール・ハーヴェイ卿に贈られた。2008年のサザビーズの競売では「ギルランダイオの工房」の作として出品され、2009年にキンベル美術財団が購入した。
意義
所蔵館によれば、ミケランジェロは自らを何よりも彫刻家と考えていたが、最初の修業はフィレンツェ随一の画家ギルランダイオの工房で受けた。自身が語ったコンディヴィの伝記は、版画と絵具と筆を与えたのはギルランダイオではなく年上の友人の画家フランチェスコ・グラナッチで、嫉妬したギルランダイオが工房の作だと偽ろうとしたと主張している。本作は、壁画以外でミケランジェロの手になると広く認められた4点の絵の一つで、アメリカの収集にある唯一のミケランジェロの絵である。