- 生没年
- 1430–1479年
- 国籍
- シチリア王国
- 様式
- 初期ルネサンス
アントネロ・ダ・メッシーナ
15世紀イタリアの画家。シチリアのメッシーナに生まれ、ナポリで学んだ。ネーデルラント絵画に学んだ油彩の細密な描写と肖像で知られ、ヴェネツィア滞在は同地の絵画に影響を与えた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
イタリアの人名事典トレッカーニによれば、1430年ごろメッシーナに石工の子として生まれた。ナポリの人文学者ピエトロ・スモンテが1524年に記したところでは、ナポリの画家コラントーニオの弟子だった。当時のナポリは、ヤン・ファン・エイクやロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品を集めたアラゴン王アルフォンソのもとで、ネーデルラント絵画に強く開かれていた。1457年の契約では、すでに自分の工房を持つ親方としてメッシーナに現れる。1475年から1476年にかけてヴェネツィアに滞在し、ピエトロ・ボンの注文でサン・カッシアーノ聖堂の祭壇画を描いた。1476年3月にはミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァから宮廷の肖像画家に招かれたが、9月にはメッシーナに戻り、1479年2月に同地で没した。工房は息子ヤコベッロが継いだ。
様式の変遷
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、南イタリアの初期ルネサンスを代表する画家で、ネーデルラント絵画から風景への関心を受け継いだ。油彩によって、細密画のような細部と微妙な色調の変化をもつ小さな作品を描き、とくに肖像で名高かった。トレッカーニによれば、ヴァザーリが説いたフランドルへの旅やファン・エイクとの直接の関わりは、年代からみてありえない。ネーデルラント風の空間に、やがてピエロ・デラ・フランチェスカに通じる遠近法と形の厳しさが加わった。
代表作
《書斎の聖ヒエロニムス》(1475年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)、《祝福するキリスト》(1465年、同館)、パレルモの《受胎告知の聖母》、サン・カッシアーノ聖堂の祭壇画の断片(ウィーン美術史美術館)が知られる。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ヴァザーリは画家がイタリアに油彩をもたらしたとしたが、今日の研究はこれを否定する。ヴェネツィアで描いたサン・カッシアーノ聖堂の祭壇画は、ジョヴァンニ・ベリーニの大祭壇画の型をつくり、人物と風景はある程度ジョルジョーネを予告する。四分の三の向き、暗い背景、強い光という肖像の型も、同時代の画家たちにすぐ取り入れられた。