《書斎の聖ヒエロニムス》
石造りのアーチの向こうに、聖堂のように高い丸天井の空間が広がる。その中央の木の書斎で、赤い衣の聖ヒエロニムスが机に向かい本を読む。右の廊下にはライオンが歩み、窓の外には明るい田園がのぞく。
概要
《書斎の聖ヒエロニムス》(英: Saint Jerome in his Study)は、イタリアの画家アントネロ・ダ・メッシーナが1475年頃に描いた油彩画である。縦45.7センチ、横36.2センチのシナノキの板絵で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。所蔵館は、画家が技術と芸術の頂点にあったときの作で、ヴェネツィアで描かれたとみる。
画面の読み解き
所蔵館によれば、4世紀の学者で修道士のヒエロニムスは、聖書をギリシア語からラテン語に訳した(ウルガタ聖書)。手前には広いアーチをうがった石の壁があり、人形の家をのぞくように聖人の空間を見せる。その下の縁は現実と絵の世界を隔て、真理を表すヤマウズラと、不死を表すクジャクが守る。書斎は、細い柱とアーチが並ぶ聖堂のような高い丸天井の空間の中央に置かれ、床は色鮮やかなタイルで飾られる。机と棚は階段のついた木の台の上に組まれ、聖人は司教の座る丸い椅子カテドラに腰かける。棚には開いた本や閉じた本、陶器の花瓶や壺が並ぶ。右の廊下を聖人の友のライオンが歩き、四角い窓からは日の当たる田園が見える。同館の2014年の解説によれば、聖人は枢機卿の赤い衣をまとい、帽子は後ろの台に置かれ、階段の下にはスリッパが脱いである。台の上には眠る猫と鉢植えもある。
技法・様式
シナノキの板に油彩で描かれる。所蔵館によれば、画家は油絵具を使いこなし、粗いものとつややかなもの、冷たいものと温かいものの質感を描き分けた。その描き方は、ヤン・ファン・エイクが《アルノルフィーニ夫妻像》で物を描いた方法を思わせる。聖堂のようなゴシック建築や窓越しの風景も、ネーデルラントの画家たちに好まれた。同館の2014年の解説によれば、石のアーチの石目は一筆ずつの渦で表され、背後の石壁と奥へ遠ざかるタイルの床は、無数の刻線で割り付けられている。
来歴
所蔵館によれば、1529年にはヴェネツィアのアントニオ・パスクアリーノが所有していた。1835年までにイギリスのトマス・ベアリングのコレクションに入り、1848年の売り立てでウィリアム・コニンガムが買い、翌年のコニンガムの売り立てで再びベアリングのもとへ戻った。のちに甥のノースブルック伯爵が受け継ぎ、1894年に所蔵館が伯爵から購入した。所蔵番号はNG1418。イタリアの人名事典トレッカーニは、画家がヴェネツィアへ移る直前の1474年の《受胎告知》を、本作の年代を考える最も確かな手がかりとする。
意義
所蔵館によれば、16世紀にヴェネツィアで本作を見た文筆家マルカントニオ・ミキエルは、これをファン・エイクの作と記した。画家はかつて、ファン・エイク本人から油彩を学んだとさえ考えられたが、今ではまずありえないとされる。ネーデルラントの絵に学んだ技術は、画家がこの絵を描いたヴェネツィアの画家たちに大きな影響を与えた。同館の2014年の解説は、壁と天井のない書斎に入る見る者は、学識ある聖人の心をのぞくことを許されるのだとし、聖人と書斎が丸天井の中心にあるのは、そのウルガタ聖書が西方のキリスト教の中心にあったことを表すとみる。