《受胎告知の聖母》
暗い背景の前で、青いヴェールをかぶった若い女性が、書見台に開いた本を前にこちらを向く。片手でヴェールの合わせ目を押さえ、もう一方の手を手前へ差し出す。視線はわずかに画面の左へそれている。
概要
《受胎告知の聖母》は、シチリアの画家アントネロ・ダ・メッシーナが1474年から1477年頃に描いた油彩の板絵で、パレルモのシチリア州立美術館が所蔵する。州の文化財局によれば、縦45センチ、横34.5センチの小さな板に油彩で描かれ、パラッツォ・アバテッリスにあるこの美術館で最もよく知られた作品である。州は2013年、本作を、一時的なものも含めて州外への持ち出しを禁じる文化財の一つに定めた。
画面の読み解き
文化財局の解説によれば、聖母は宗教的な象徴を一切伴わずに描かれ、決まった形の聖像というより肖像に近い。それでも聖母は、画面のこちら側、つまり見る者の位置にいると想定される見えない天使と、緊張した対話を交わしている。福音書の物語にある「どうして、そのようなことがありえましょうか」という言葉を口にしようとする瞬間をとらえたようにみえる。前に差し出された手は、画面の奥行きを生み出す役割も担い、驚きから拒みまで、研究者によってさまざまな意味が読み取られてきた。
技法・様式
文化財局によれば、厳密な幾何学で組み立てられた人物は、画家がイタリアの遠近法を完全に身につけたことを示し、そこにフランドルの肖像画の心理描写と自然主義が結びついている。制作年については、1474年に描かれたパラッツォーロ・アクレイデの《受胎告知》との近さから1474年頃とする説と、1475年の2度目のヴェネツィア滞在の後の空間の試みに通じるとして1476年から1477年とする説がある。
来歴
文化財局によれば、ディ・ジョヴァンニ参事会員がパレルモのコッルツィオ家から、デューラーの作として買い求めた。1906年に彼の遺贈で国立美術館の収集に入った。長くヴェネツィアのアカデミア美術館にある平凡な模写と混同されていたが、1904年のエンリコ・ブルネッリの研究から、アントネロの疑いない傑作と認められるようになった。
意義
館の旧サイトによれば、1953年から1954年に建築家カルロ・スカルパが館の展示を設計した際、本作は窓のそばに斜めに置かれ、柔らかく広がる光に包まれるよう工夫された。同じ画家の作品には《書斎の聖ヒエロニムス》がある。