
アメデオ・モディリアーニ、1918年の写真
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1884–1920年
- 国籍
- イタリア
アメデオ・モディリアーニ
引き伸ばされた首と、瞳を描き込まない目。人の顔と体だけを主題にし続けたイタリア出身の画家で、その評価はほとんど没後に訪れた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1884年7月12日、イタリア中部トスカーナの港町リヴォルノに、ユダヤ系の家に生まれた。十代から病を得て学業を断ち、リヴォルノとフィレンツェ、ヴェネツィアで絵を学ぶ。1906年1月にパリへ出てアカデミー・コラロッシに入り、モンマルトルからモンパルナスへと移りながら、のちにエコール・ド・パリと呼ばれる国外出身の画家たちの一人として制作した。1909年ごろからは彫刻に打ち込み、アフリカやオセアニアの彫刻に学んでいる。1917年3月に画学生ジャンヌ・エビュテルヌと知り合って共に暮らし、同年12月には生前唯一の個展を開いた。1920年1月24日、パリで没した。35歳だった。エビュテルヌもその翌日に亡くなっている。
様式
石を彫ることを断念したのちも、彫刻で得た形の扱いが絵に残った。首は長く引き伸ばされ、顔は卵形に整えられ、目はしばしば瞳を描かずに塗りつぶされる。背景はほとんど描き込まれず、人物だけが画面を占める。風景画をほとんど描かず、静物もまれで、生涯にわたって主題は人の顔と体に限られた。
代表作
《横たわる裸婦》(1917年、龍美術館)、《アリス》(1918年頃、デンマーク国立美術館)、《安楽椅子の上の裸婦》(1917年、個人蔵)、《裸婦》(1916年頃、コートールド・ギャラリー)のほか、《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》の連作、《大きな裸婦》、彫刻《女の頭部》の連作が知られる。
影響
生前は作品が安く買い叩かれ、評価はほとんど得られなかった。没後まもなく相場が急騰し、やがて20世紀の絵画で最も高値のつく画家の一人となる。様式の追随者は多くないが、輪郭だけで人の気配を立ち上げるその描き方は、広告や装丁の図像としても繰り返し引かれている。