《思いがけなく》
明るい壁紙の部屋に、茶色の外套のやせた男が入ってくる。黒い服の母は肘掛け椅子から立ち上がりかけ、テーブルの子どもたちは顔を上げて男を見る。戸口では白い前掛けの女中が立ちつくす。
概要
《思いがけなく》(露: Не ждали)は、ロシアの画家イリヤ・レーピンが1884年から1888年にかけて描いた油彩画である。縦160.5センチ、横167.5センチのキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。流刑から戻った男が、思いがけず家族の前に姿を現す瞬間をとらえた風俗画である。
画面の読み解き
所蔵館によれば、描かれているのは、身なりからみて長い徒刑の年月を経た流刑者が、不意に家に現れた瞬間である。左では、茶色の外套を着たやせた男が、帽子を手に部屋へ入ってくる。その後ろの戸口には、白い前掛けの女中ともう一人の女が立つ。中ほどでは、黒い服の年老いた母が、肘掛け椅子から立ち上がりかけて男のほうへ身を傾ける。右では、ピアノのそばの若い女が振り向き、テーブルの制服の少年は顔を輝かせ、少女は目を上げて男を見る。所蔵館によれば、男はまだ歩いているのか、入って立ち止まったのか定かでなく、母もようやく腰を上げかけたところで、二人の動きは終わっていない。非対称で不安定な構図が、この先の成り行きを見る者に想像させる。同館の記事によれば、壁には民主的な若者たちの偶像だった詩人タラス・シェフチェンコとニコライ・ネクラーソフの肖像、写真「死の床の皇帝アレクサンドル2世」、カール・シュトイベンの版画「ゴルゴタにて」が掛かり、流刑者の理想を示している。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、残された写真から、1884年の最初の状態では主人公は大胆で決然とした人物に見えた。レーピンはその顔を3度描き直し、1888年に、迷いをかかえ、人生に打ちひしがれた流刑者の姿が生まれた。男はおぼつかない足取りで進み、その目には母への問いが読みとれる。技術調査も、この描き直しを裏づけている。同館の記事によれば、流刑者の顔は友人の作家フセヴォロド・ガルシンをもとに描かれた。ガルシンは《イワン雷帝とその息子》の皇太子のモデルも務めている。レーピンは並行して、板に描いた小さな別の版(1883〜1898年)にも取り組んだ。
来歴
所蔵館によれば、本作は1884年の第12回移動展覧会に出品されて新聞で激しい議論を呼び、パーヴェル・トレチャコフに売れた。それでもレーピンは主人公の姿に満足せず描き続けたため、今日では1884〜1888年という二つの年をもつ。同館の記事によれば、出品されたのは、アレクサンドル3世の戴冠に際して恩赦が行われてまもないころだった。1885年にトレチャコフが画家から買い、所蔵番号は740である。
意義
所蔵館によれば、本作は、レーピンが1870年代半ばから1890年代初めまで構想を重ねたナロードニキ(人民主義者)の連作を締めくくる。画家は1881年3月1日に皇帝を暗殺した人々の処刑を目にしており、社会は厳罰を求める人々と赦しを求める人々に分かれていた。同時代の人々は、戻った男が誰なのかを推し量った。批評家ウラジーミル・スターソフは彼を救世主と呼んでアレクサンドル・イワノフの《民衆の前に現れたキリスト》になぞらえ、反対の立場の人々は放蕩息子のたとえを思い起こした。所蔵館は、顔の描き直しによって、作品は社会の一時の問題から人間の存在をめぐる永遠の問いへと移ったとする。