《民衆の前に現れたキリスト》
ヨルダン川のほとりで、毛皮をまとった洗礼者ヨハネが、洗礼を受けに集まった人々に遠くの丘を指し示す。その先の荒れ野から、ただ一人のキリストが静かに歩み寄ってくる。
概要
《民衆の前に現れたキリスト》(露: Явление Христа народу、別題《メシアの出現》)は、ロシアの画家アレクサンドル・イワノフが1837年から1857年にかけて描いた油彩画である。縦540センチ、横750センチの巨大なキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。ヨルダン川で人々に洗礼を授ける洗礼者ヨハネが、歩み寄るキリストを指し示す場面を描いた宗教画で、芸術アカデミーで学んだ歴史画の大画面の伝統に立つ。所蔵館によれば、画家は1833年に芸術家奨励協会へこの構想を伝え、ローマで中断をはさみながら約20年にわたって制作を続けた。
画面の読み解き
所蔵館によれば、荒れ野のヨルダン川の岸で、洗礼者ヨハネが、洗礼を受けに来た人々に説いている。水の中や岸辺には、裸の人、服を着かけた人、衣をまとった人が集まる。遠景の丘からは、キリストがただ一人歩いてくる。人々の視線と身ぶりはみなそちらへ向かうが、キリストはまだ遠く、その隔たりが人々の待ち望む思いを強めている。ヨハネの後ろには、のちの使徒たち、赤い髪の若いヨハネ、年老いたアンデレ、疑い深いナタナエル、耳を傾けるペテロが立つ。右側には、パリサイ派の人々やレビ人が黙って様子をうかがい、その奥には馬に乗ったローマの兵士も見える。所蔵館が発行する雑誌によれば、中央では裕福な男のそばにうずくまる奴隷が、生まれて初めて希望の笑みを浮かべ、左端では老人と若者が水から上がろうとしている。
技法・様式
所蔵館によれば、画家は、それまでどの画家も選ばなかった「普遍的な主題」を求めた。キリストの出現を、人類の精神の変容が始まる世界史の転換点ととらえ、同時代の人々への精神的なメッセージとして構想したという。古典の手本と自然の綿密な研究を結びつけ、数百点の下絵や習作を描いた。所蔵館の雑誌によれば、画家はローマのユダヤ人街やシナゴーグに通い、リヴォルノやペルージャなどへもモデルを探しに出かけ、習作ではモデルの頭部を似た古代彫刻と見比べた。ロシア美術館は、同館の小型の版(172×247センチ)が、構図を試す下絵も兼ねていたとする。
来歴
所蔵館の雑誌によれば、1858年、画家は絵をドイツ経由でサンクトペテルブルクへ運び、冬宮と芸術アカデミーで公開した。しかし、同じころに展示されたフランスの画家アドルフ・イヴォンの大作に人々の関心を奪われ、批評も冷ややかだった。同年7月に画家が急死すると、その数時間後に、皇帝アレクサンドル2世が1万5千ルーブルで絵を買い上げることが伝えられた。所蔵館によれば、皇帝はこれをモスクワの公共・ルミャンツェフ博物館に贈り、1925年にトレチャコフ美術館に移った。第二次世界大戦が始まった1941年6月には、画布を円筒に巻いて金属の箱に封じ、ノヴォシビルスクのオペラ劇場の建物に疎開させ、1944年11月に無傷で戻った。所蔵番号8016。
意義
所蔵館の雑誌によれば、作家イワン・ツルゲーネフは公開時、画家の絵画の才能を「弱く、不安定」と評した。一方、ロシア美術館の解説によれば、画家をよく知っていたツルゲーネフは、本作を思想の深さと表現の力において第一級の作品としている。ロシア大百科事典によれば、画家の作品の最大の収集はトレチャコフ美術館にあり、同館は本作のための習作と素描の展覧会も開いている。