
セルゲイ・ポストニコフ《画家アレクサンドル・イワノフの肖像》(1873年頃、写真にもとづく、トレチャコフ美術館)
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain- 生没年
- 1806–1858年
- 国籍
- ロシア
- 様式
- ロマン主義
アレクサンドル・イワノフ
1806年にサンクトペテルブルクで生まれ、1858年に同地で没したロシアの画家。28年をイタリアで過ごし、後半生のほとんどを大作《民衆の前に現れたキリスト》の制作に捧げた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロシア大百科事典によれば、1806年、帝国芸術アカデミーの歴史画の教授アンドレイ・イワノフの子として、サンクトペテルブルクに生まれた。1817年から1828年までアカデミーで学び、1827年に《獄中で夢を解くヨセフ》で大金メダルを得る。1830年、芸術家奨励協会の奨学金を受けて国を出て、翌年の初めにローマに着いた。1835年の《マグダラのマリアの前に現れたキリスト》が認められ、1836年にアカデミー会員となる。ローマでは、ドイツのナザレ派の画家フリードリヒ・オーヴァーベックを助言者とし、1838年からは作家ニコライ・ゴーゴリと親しく交わった。1837年5月に《民衆の前に現れたキリスト》の大画面に取りかかり、20年をかけて仕上げる。1858年、絵とともにサンクトペテルブルクに戻り、同年7月に没した。
様式の変遷
アカデミーでは、古典の手本に基づく歴史画の教育を受けた。トレチャコフ美術館が発行する雑誌によれば、ローマではジョット、マザッチョ、フラ・アンジェリコ、レオナルドらの宗教画を研究した。大作のためには、モデルの頭部を似た古代彫刻と見比べながら、人物や風景の習作を数百点も描き、古典の理想と自然の綿密な観察とを結びつけた。ロシア大百科事典によれば、1840年代から1850年代には、ダーフィト・シュトラウスの『イエスの生涯』や神学の研究を手がかりに、聖書の物語を描く素描の連作に取り組み、新しい宗教画を探った。
代表作
《マグダラのマリアの前に現れたキリスト》(1835年、ロシア美術館)、《民衆の前に現れたキリスト》(1837〜1857年、トレチャコフ美術館)と、その小型の版(ロシア美術館)、晩年の聖書の素描の連作が知られる。
影響
1858年に公開された大作は冷ややかに迎えられたが、皇帝アレクサンドル2世が買い上げ、モスクワの公共・ルミャンツェフ博物館に贈った。ロシア大百科事典によれば、画家の作品の最大の収集はトレチャコフ美術館とロシア美術館にある。トレチャコフ美術館は、大作とともに数多くの習作を所蔵し、その素描と習作の展覧会も開いている。